「女王蜂」
作者  J

2006-06-11

 

 




ある晴朗なる初夏の昼下がり、15分程早く授業が終わった。
こんな気持ちの良い天気の日は、
学園の庭でランチタイムを過ごしたいと誰もが思うだろう。
前日、ミーヤはヤヨイから「明日は天気が良いみたいだから、
シホお姉様やリリエちゃん達と外でお昼を食べよう」と誘われていた。

シホは後輩達のお弁当を「毒味」という名目で必ず食べたがるので、
ミーヤはそういう日は普段より多めにお弁当の拵えをして登校した。

ミーヤは筆記用具とテキストとノートを机の引き出しに入れ、
ふと顔を上げると教室には生徒が殆どいなかった。
星組の生徒達は足早に教室から立ち去っていったようで、
ヤヨイとリリエの姿は見あたらない。

「えぇ〜……一緒にお昼食べようって約束してたのにぃ……」
ミーヤは着席したまま弱々しい声で呟いた。
そんなしょんぼりとした後ろ姿から匂やかな声音が響いた。
「ミーヤさん、そんな情けない声出して、はしたないわ」
ミーヤは慄然として振り返ると、真後ろにトモエがいた。
――それはまるで、威容を誇るエッフェル塔のように感じられた。
自分が座った状態から見たトモエの姿は、
いつもの数倍もミーヤに畏怖の念を与えた。
トモエは濡れた手をハンカチで拭いていた。
トイレに行っていたのだろう。
ミーヤはトモエの大人っぽい貫禄と子供っぽいハンカチの柄に違和感を感じていた。
"幸福のしるし"とされる四葉のクローバーの柄を好むなんて、おかしい!
以前からミーヤはそんなトモエのギャップを可愛いと思っていたようで、
トモエのハンカチを目にする度に、思わずミーヤの顔の筋肉は緩んだ。
「なぁに?いきなり笑い出したりして。変な子ね」
トモエは四葉のクローバーの柄のハンカチで手を拭きながら冷淡に言った。
「あっ、えっと、ヤヨイちゃんやリリエちゃん達とお昼休みに一緒にお弁当
食べようって約束してたんだけど、気付いたら2人共いなくなっちゃって……」
笑われた事で不機嫌になるのではないかと恐れたミーヤは焦って話題を変えた。

この位置から見るトモエの目はいつもより精悍に感じられた。
この事に付け加えて、自分がクラスメイトに
置いてきぼりをくった弱みと寂しさもあり、トモエの眼光はより鋭く、
より恐ろしい相貌に感じられ、蔑みの目で見られてるようであった。
――あぁ、トモエちゃんって恐い…でもゾクゾクしちゃう。私、変なのかなぁ…。

トモエはミーヤの目が一瞬潤んだのを見逃さなかった。
そしてつつましい物腰で言った。
「仕様がないわねぇ……。じゃあ、私に付いて来てもらえないかしら?」

 

 




クラス委員はやる事が多く、
忙しい職務だという事をミーヤは知っていたが、
トモエが休み時間を削ってまで図書館で資料を集めたり
纏めたりしている事までは知らなかった。
ミーヤは本当はお腹が空いていたけれど、
そんな事を正直に述べたら、トモエから軽蔑されるのではないかと恐れ、
その事は黙っていた。そして素直に付いて行った。

普段より早く授業が終わった事もあり、図書館内は閑寂としていた。
ミーヤはトモエに本のタイトルが幾つか記されたメモを手渡され、
それを持ってくるようにと言われた。

何事も効率良く、手際良く終わらすのがトモエのやり方であったから、
トモエはメモを手渡すとすぐに、ミーヤの存在など殆ど意に介さず、
トモエは自分の仕事を素早く開始した。

「うわぁ〜……難しい……。やっぱりコーラルNO.2は違うなぁ……」
ミーヤはトモエから頼まれていた本を開いて、その内容に驚いた。
"授業に付いて行くのがやっと"なミーヤにとって、
この内容は些か難解であったようだ。

トモエに頼まれていた作業を終えたので、ミーヤは昆虫図鑑を眺めていた。
ちょうど蛾のページを開いていた時に、
完全にミーヤを放置していたはずのトモエが話かけてきた。
「蛾の模様って悪趣味よね。粉っぽいし、身体も分厚くて、気味が悪いわ」
気味が悪いと言っているわりには、
ニヤニヤと嬉しそうにしゃべっているトモエが不思議だった。
"実はトモエは無気味な物が好きなのではないか"とミーヤはその時疑った。

 




ミーヤはパラパラとページを捲っていると、蜂のページに辿り着いた。
「女王蜂……」
そのページの用語解説に"女王蜂"という用語を見つけて、ミーヤは思わず呟いた。
「何か言ったかしら?」
トモエはミーヤを瞥見すると、冷然と問いかけた。
「あっ、えっと、子供の頃に蜂に追いかけられた体験をして凄く恐かったの!」

蜂よりもずっと強力な毒針を隠し持ってそうなトモエの方がよっぽど恐い、
と思いながらの言い訳だったが、子供の頃に恐い体験をしたのは事実であった。

ちょうど7年程前の夏休みの思い出、幼い自分の面影がちらついた。
ミーヤは近所の少年達によくからかわれていた。
木の枝で突つかれたり、おでこの事を嘲笑されていて、それが悔しかった。
悔しがっていても何もできないでいて、
目に涙を溜めてるだけのミーヤがおかしくて可愛かったのか、
彼等はミーヤが嫌がると喜んだ。
ミーヤはそんな彼等が恐かったので逃げ出し、木の影に隠れた。
すると木の影の真上に蜂の巣があったので、
焦って逃げようとしたら今度は蜂に追いかけられた。
泣きながら蜂から必死で逃げると、
今度は少年達に泣いてる事を馬鹿にされて、その日は散々だった。

という、苦い記憶をありありと思い出して、
ミーヤは無自覚に自分のおでこを押さえていた。
そんなミーヤを見て、トモエは目を細めて言った。
「女王蜂におでこを刺されたのかしら」
トモエはくすくすと愉快そうだった。
ミーヤは我に返り、恥ずかしくなって即座に両手を机に置いた。

「おでこ、変かなぁ……」
ミーヤはいじめられた経験を思い出して弱々しく呟いた。
「あら、素敵じゃない。私は好きよ」
トモエはそう言ってミーヤの額にそっと触れた。
「えっ?」
ミーヤはトモエの言動に驚きを隠せなかった。
トモエのこの言葉は、ミーヤに名状しがたい喜びを感じさせ、
ミーヤの心臓はどきどきと脈打った。
「叩くのがね」
透かさずトモエはそう言うと、指先でミーヤの額をピンッと弾いた。
「痛ぁい……」
ミーヤは真っ赤な顔をして両手で自らの額を押さえた。
本当は顔を覆いたかった。

どうやら、ミーヤをからかうのが楽しいと思うのは少年達だけではなかったようだ。

 




閑寂な図書館も少しづつ人が増え始めてきたようだ。
「トモエちゃん、まだ終わらないかな?」
ミーヤは小声でひっそりとトモエに話かけた。
「もう少しで終わるけど長く付き合わせるのも悪いから先に……」
と、言おうとした矢先にミーヤはこう言った。

「図書館って本が沢山あるからインクの匂いで
トイレに行きたくなっちゃうんだよね、だから……」

この言葉で、トモエはこれまでに感じた事のない程の興奮を覚えた。
そして即座に考えを改めた。
"目の前にいる少女が尿意を催している"
という事実がトモエの官能をすこぶる刺激したのだった。

「駄目よミーヤさん行かないで!」

トモエは激越な口調でそう言うと、椅子から立ち上がり、ミーヤの腕を強く掴んだ。
図書館にいた幾人かの生徒達は、トモエの凄まじい声に驚いて2人を見遣った。
トモエはミーヤの腕を引っ張り、死角に入る人目に付かない書架の 奥に連れ込んだ。
トモエは人目を憚るとすぐにミーヤを後ろから強く抱き締め、
首筋から耳にかけてを丁寧に、そして荒く、幾度となくキスをした。
突然のトモエの行動に困惑したミーヤは、トモエのなすがままであった。
「トモエちゃん、お願い、放して……」
尿意を堪えようと必死な内股で、汗ばんだ困り顔のミーヤは身悶えて訴えた。
ミーヤが嫌がれば嫌がる程、トモエの息づかいは荒くなっていった。
「あなた今、物凄く色っぽい顔をしてるわ」
興奮してるトモエはミーヤの訴えなど意に介さず、
汗ばんだミーヤの額に熱いキスをした。
ミーヤはくらくらした。
興奮しているのはトモエだけではなく、ミーヤも同じだった。
そしてトモエは、左腕でミーヤの腰を固定して、右手で膀胱を軽く叩いた。
「ひゃっ!」
ミーヤは耳まで真っ赤にして殆ど泣いていた。

午後の授業の事を考えると今ここで漏らされては困るし、
少々意地悪をし過ぎたとトモエは思った。そして腕の力を緩めた。
肢体を解放されたミーヤは、焦ってトイレへと駆けて行った。

 




「トモエちゃん、お弁当持ってきてる?」
図書館からの帰り道に、ミーヤがトモエに尋ねた。
「今日は作業でお昼休みが潰れると思ったから持ってきてないわ。
でも、あなたが手伝ってくれたおかげで早く終わったし、感謝して……」
トモエがそう言いかけた時にミーヤが透かさず言った。
「じゃあ私のを2人で食べようよ。シホお姉様の分、多めに用意してきたから!」
ミーヤは溌剌としていた。
トモエはそんなミーヤが可愛くてたまらなかったけど、それを隠した。

けれども、トモエにはもっと隠しておきたい事があった。
授業が終わってすぐに、トモエはトイレでヤヨイに会った。
その際にヤヨイから"今日はリリエやミーヤ達とお昼を食べる"と聞いた。
トモエにはそれが何となく不快だった。
そして、思わず"ミーヤを借りる用件がある"と言ってしまった。
だから、ヤヨイ達はミーヤを置いて先に教室から出て行ってしまったのだ。

――トモエはこんなやり方でしか友達を作れない自分に嫌気がさした。
誰かを支配するつもりが惨めにも愛や友情を追い求めてしまうのかもしれない…。
そんな事を考えながら、青空の下でミーヤの分けてくれた昼食を食べていた。

ミーヤは恐る恐るトモエに聞いてみた。
「……美味しい?」
あたかも無表情でトモエは言った。
「まぁまぁね」



<完>

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