「ミーヤの手紙」

作:WoWo
校正者:にーと

 

 

Dear Ms Tomoe Marguerite,

   When your eyes trace amongst these words you and I shall be apart, though temporarily, but then is the only time that I may have enough courage...

   トモエちゃんがこれに目を通すとき、私たちはきっと、お互いに遥か遠く離れた場所にいるのでしょうね。一時的の距離だけど、この時でしか私の心の秘密をトモエちゃんに見せられないの。
   この数ヶ月の間に育ったトモエちゃんとの友情は、私にとってとても驚くべきな出来事でした。ガルデローベに通い始めた時、自分と他の生徒との間に違和感を感じる事に目を瞑る事はできず…だけどね、トモエちゃんと友達になれて、私は今、本当に幸せです。ガルデローベの生徒は、みんないろんな夢を抱えて、輝いていて…その中でも特に輝いているトモエちゃんみたいな人が、私みたいな朦朧な人へここまでの情宜を抱いてくれて…
   トモエちゃんは覚えていないかもしれませんが…以前、私がガルデローベにいる理由をトモエちゃんに聞かれ、答えられなかったことがありましたよね?その理由は私が心に秘めている思いと関係があるのです。私がここに来た理由…それは、ある理由のために自分を磨くためと親には言ってますが…本当は、自由になるためなの。たった2年でも、いいえ1年でも!青き血という血統が流れている私は、クロシェット家の主ゆえ私の父上のために豪族を強める覇気を支える道具としての存在で、女性であるトモエちゃんも、この意味をとても良く理解していると思いますが、お兄様と弟様がいる貴女と、一人っ子の私とでは、少々立場が違っていると思うの。自由が欲しい、または義務から逃げて遊んでいる私でしたが、血族の為に全てをかけているトモエちゃんやニナさん、シホお姉さまを見るたび、未熟さと嫉妬を感じる毎日でした。なんという変哲も無い私は、影で人に当たる事しか出来ず…トモエちゃんにこういう話を初めてした時、叱られたよね。凄く恥ずかしかったけど、色々考えさせられました。
   ニナさんの家庭の事情を見れば、彼女の気持ちや決意は理解できます。でも、トモエちゃん…貴女は、貴女だけは何故か理解できない。優しいクラス委員の貴女、孤独な貴女、大貴族の娘の貴女…そんな貴女が、何故私に話しかけるの?こんな私を、何もない私を!このような事を言ってしまうような、こんな惨めな私に何故…時にはからかわれているとでも思ってしまう程、心が痛むの。色々考えたけど、この気持ちはトモエちゃんが嫌いという気持ちなの?でも、もっと考えたら…どうかこれを読んで私を嫌いにならないでね…トモエちゃんが…好きだと…思うの。どんなに他の人を悪く思っても、トモエちゃんだけは私にとって…たとえ自分の心の中だけの事でも裏切られない。トモエちゃんの事を、もっと知りたい。トモエちゃんのために、何かしてあげたい。この気持ちをどうしたらいいのか分からなくて…でももしかしたら、トモエちゃんも…私の事…ほら!いっつも一緒だし…図々しいかな?
   …ごめんね、こんなこと書いて。面と向かって言えなくてすみません。夏休みが終わり再び会う日には、どうかいつもの関係が続く事を祈ってます。

Sincerely,
Miya Clochette







   夏休みに入り、ガルデローべが門戸を閉ざしてから2ヶ月。各々の国に散っていたガルデローベの生徒達が、再び壮美たる白き学び舎に集う日がやってきた。部外者が見れば、その流麗な生徒の集まりを、きっと誇りと畏敬の念を持って讃えるだろう。ここの生徒は皆血族、国、己の気高い誇り、それら全てを自らの肩に背負い、個人の能力だけでそれを支えなくてはならない。この学校を卒業した生徒は、世界を変える能力、またはそれを壊すか守るかという圧倒的の戦闘能力を身に付け世の中に出てしまうという凄絶な存在だった。しかし半世紀という時間が戦争と呼ばれる索莫な記憶を人々の過敏な心からほぼ消えかかり、特に若い世代はこの学校の卒業生、「オトメ」と言うものは、ただの豪華な飾りの様な存在でしかなくなっていた。
   その学園に至る道を、数台のハイヤーが流れたり、止まったりしていく中。その列の後ろに、1台の黒いハイヤーがゆっくりと這い上がってきた。透き通る様な青き翠玉色の髪の青年が、後部座席で気だるげに体を黒いレザーのクッションに寄せ掛けている。顔にかかった髪を、まるで世界を侮蔑する様な動きで指ですくい上げ、ため息を吐きながら耳にかける。

      「ガルデローベ…」
     青年の口から、生っぽい甘い声が鳴る。美形だったが、ゆるい顔つきと鈍い目つきが全てを台無しにしていた。目をゆっくりと瞑り、数秒後またゆっくりと開け、天井をだらしなく見あげる。
     「父上が見て来いって言ってたけどぉ、こぉんなガキンチョなんか、見てもなーんも面白くないじゃないかぁ?」
     ニヤつき、即刻に痰を飛び散らした哄笑が車中に広まった。全ての発音は長音として彼の口を滑り、聞いてるとイライラするような喋り方だったが、向こう側に座ってる女性はにっこり笑い、男の手を取り、手の裏に恭しくキスをした。
     「トモエぇ、男がいなくて寂しくないのかいぃ〜?可愛そうに」
     彼はまるで、素手で戦場に出る子供を見る様な目で妹を見た。トモエは唇を少々離し、下を向いたまま笑顔で答えた。
     「兄上様、テイジさんに言い付けますよ?」
     男は大きく目を開き、ついで耳まで届く微笑が彼の顔に伸び広がった。妹の手を掴み、右手でそれを叩き始める。
     「アハハハハハハハハ!!」再び、轟音な笑いが車を揺すった。「トモエぇ、あんなやつにお前を渡すのは勿体無い、いや実に悲劇だ!」そう彼の親友を貶し、笑い続ける。トモエの手は赤くなりはじめ、兄の手が振り落とされるたびにその赤さが増した。ナノマシンがその破裂していく細胞を修復しようとし、痛くはなかったが数億のアリに抉られている感覚を手に覚えつつ、トモエは笑顔のままじっと待った。
     やがてマルグリット家の長男の笑いは吃逆に変わり、笑うのに飽きたのか、または一体何に対して笑っていたのかをさっぱり忘れたのか、ぼーっと外を眺め始める。妹の手の熱に不快感を感じ、手を離して再びサラサラの髪の毛を弄り始めた。数々の生徒と使用人が車の横を通り過ぎ、生徒は皆、トモエと同じくガルデローベの制服を着ていた。その制服の上半身は礼装的で、緩やかな長袖と首の底まで隠す服地でできたブラウス、そして前の形を隠すエプロンだったが、下半身は短いスカートと長いタイツというアレンジをされていて、生の太股が空気に晒される。
     トモエは温かい笑顔のまま、兄の股間の膨らみを見つめた。無意識なのか、トモエの存在を気にしていないのかのどちらなのかは知らないが、その兄の手はやがてズボンの上から勃起を撫で始める。擦るたび硬くなっていき、やがてズボンに鋭い折り目が湿った染みとともに現れ、兄の息が少々煩くなった。急に彼はトモエの存在に気付き、恥ではなく、煩わしさを感じている表情で妹の方をチラッと見て、再び外を眺めた。
     「ああ、では、頑張るんだぞ」外をうっとりとした目つきで見ながら、妹を放逐するために、さっきまで使用していた手を差し伸べる。
     塩と兄の匂いを放つ手に、トモエは再び恭しく口付けを送った。
     「それではごきげんよう、お兄様。我が可愛い弟と愛するお父様に、宜しくお伝えください」輝く笑顔でトモエはそう言い、使用人にドアを開ける合図を送った。兄はすでにトモエの存在を忘れていたので返事はなかった。
     車から降りて数時間ぶりに地面に立つと、ヴィントブルームの風が、彼女の独特な髪型を巻き上げた。左側の髪は顎で切れ、右側は胸をくすぐるほど長い、非対称の髪型はトモエの厳容の顔を歪ませた。木を隠すなら森へ、ということわざを心得てその様に切ったのだろうか… 通り過ぎていく生徒がトモエをチラっと見て、挨拶をせず学園に向う。先ほどまでの笑顔の演技は捨てられ、無表情になっており目は冷たい空気を放っていた。
     「お嬢様」中年の男性の使用人は、見下した目でトモエに荷物を差し出した。
     無言でトモエは荷物を受け取る。重いそれを、ナノマシンで体を強化されている彼女はなんの苦痛も感じることなく軽々と手に取る。その時、後ろからトモエを呼ぶ声がした。
     「ト、トモエちゃん!」
     そこには、引きつった笑みを浮かべたミーヤ・クロシェットと、彼女の荷物を誇りに満ちた目で運んでいる使用人が立っていた。手を振ったらいいのか分からない、居場所がない腕が、ぎこちなくミーヤの横をさ迷う。やがて重い羞恥に押され、頭をちょっと下げ、地面に目を向ける。トモエの目は、無言のままにそんな彼女を見続けた。
     「マルグリット様でございますか?」使用人は大きな鼻を少し前に出し尋ねた。ミーヤは顔を引き攣らせ、慌てて少し後ろへと振り向ける。トモエは優しく笑い、甘い大人びた女性の声で答えた。
     「トモエ・マルグリットです。始めまして」パフォーマンスを低頭で終えた。
     「ああ、やはり!マルグリット様のことは、お嬢様からいろいろと伺っております。お目にかけることが出来まして光栄です、美しいお嬢様」純粋に嬉しそうな、少々荒い歯並びの笑顔。
     「アキト!」
     おでこまで真っ赤になったミーヤは、アキトと呼んだ使用人の袖を引っ張った。
     「おっ!っとっと」アキトはバランスを崩し、小さな目を大きく開きつつ、荷物を落としそうになる。
     「ああ!」ミーヤが驚きの声を上げる。自分の荷物を落とし、トモエはすばやく地面に向かう巨大なスーツケースを両手で受け止めた。重さになど、少しも怯まなかった。
     「相変わらずですね、ミーヤさん」トモエは困った顔で苦笑すると、びっくりしているアキトに荷物を渡し、ミーヤの手を愛らしく取った。トモエの暖かい肌を握り返すミーヤは戸惑い、唇を少し動かす事しか出来なかった。
     「会いたかったわ。後でゆっくりお話をしましょう」トモエはそう言って二人に頷いた後、自分の荷物を取り、一人で寮へ向かった。




     トモエは久々に自分の寮の部屋の真ん中に立った。一人部屋だったので他の部屋よりは少々小さかったが、それでも、普通の一般家庭から比べると、十分な広さだった。白い壁と単式の家具に備えられた部屋からは、寂びた美しさを感じさせられる。
     緑色の毛布がかけられたベッドにスーツケースを置き、床にひざをつき、掛け金をはずす。数秒割れ目から覗く自分の物を細めた目で見つめた。
     「…、」
     「う”あ”あああああああああああああ!」
     急にトモエは死傷を受けた気狂い狼の様な咆哮を放ち、荷物をベッドから薙き落とした。豪華なドレス、絹地の可憐なブラウス、入り組んだレースの下着、ダイアに飾られた金の宝石箱、様々な化粧品、巧緻なフェルトの靴、象牙の櫛。小さな村を数年扶養出来るほどの高価な品物が、大きな疎ましい音を立てながら床に散らばった。剥き出された歯の間から、唾が糸を引きながら顎を滴る。
     少女は数分一人で震え上がりながら、深い呼吸をした。自分の唇を何回も乾いた舌で素早く舐め上げ、苦しそうに唾を何回も飲み込む。黒い怒りが瞳から輝き、眉間と口の横に深いシワを切り込んでいく。
     トモエ・マルグリットは、行き先がない憤激を内側から漏らしたのだった。マルグリット家を継ぐ無能の兄。家族の特恵に恵められた異弟。従順で賤しい継母。持参金があまりにも未熟で、マルグリット家への債券を返せずしょうがなく手を貰ってくれた婚約者。そして世界で誰よりも愛したマルグリット家の嫡嗣、トモエの母を殺した、下輩の父。小さい頃その真実を知り、流れる母の血の声を匿えながら育った媛は、その血の黒き誇りと怒りの圧力で、身心が不可避の線を通り越すところだった。
     ただし、トモエはこの内争の存在を意識してはいなかった。継母と違い、群小たる者は、「煮立ってもしょうがない」と体が勝手に届かぬ所へ編成し、本人は原点不明の素志と直感で動いていた。力。ひとつの言葉が液体として彼女の中で存在していた。
     トモエは、唇を袖でゆったりとした動きで拭き、静寂たる部屋で不気味な笑みを浮かべる。やがて無言で散らかった所持品を手際良く拾い上げた。



     「トーモエちゃんっ!」ミーヤは恥ずかしさを隠そうとし、不自然なほど機嫌良く、憧れの相手の肩に手を乗せた。まだ人影が少ない廊下だからだろうか、ミーヤの独特な匂いがトモエの鼻をくすぐった。いや、そうではなかった。夏休みの前のミーヤは香水を着け過ぎる悪いクセがあったのだが、そのクセが今日は姿を現していなかったからだ。生身の人間の存在感を押し付けられ、固有な気持ちがトモエの心の中に芽生えた。トモエは全身をミーヤの方へ振り向け、濃い視線でミーヤの守勢の盾を崩す。
     「好きよ」
     「っえ?!」
     トモエは、ミーヤが一番聞きたい言葉を簡単に言った。瞼は大きく開き、同じく唇を開いたまま、ミーヤはトモエの自信満ちた顔を凝視する。そのトモエの顔が、目を細くし、口元がにたついた、小悪魔的な表情を見せつけた。
     「お昼ご飯、まだでしょ?一緒に食べない、ミーヤさん?」
     「え、え?あ、うん…ってトモエちゃん、」
     だがトモエはもう食堂室へ歩き始めていた。ミーヤは身をかがめながら、トモエの横まで早足で追いつこうとする。ミーヤより背が高いトモエの大きな足音と、頑張ってその後ろに続こうとするミーヤの素早い足音が廊下に響き、少々滑稽な光景を見せつける。
     「ね、ねぇ。今さ、す、好きって言ったよね?」
     「ええ」
     「そ、そう…あの、それってさ」
     「ミーヤさん」
     「は、はい!」
     ミーヤはトモエの顔を覗いたが、そこにあったのは、世界の全てを憎んでいる様な目だった。
     「…」とてもいけない事をした罪悪感がミーヤの心を一瞬で紺色にした。だがなんでそう感じたのかを考えはじめられる前に、トモエの足が食堂の少し手前のドアの前で止った。手入れされている長くて綺麗な指が、花や鳥のデザインが彫り上げられた取っ手に絡みついた。

     そこは、ほうき、叩き、洗浄材などの掃除用の道具が置かれている小部屋だった。空気の回転は良かったが、湿った布とアンモニアの微妙な余香を完全に消しさることは出来ず、特有の匂いがツンと鼻をつく。そこに二人は入り、トモエはドアを硬く閉める。何故そこにいるのかはミーヤは分からなかったが、今から起きる事は二人の関係を変える事だとは彼女は分かっていた。何かを言いたい、何かを言って欲しい。緊張が腹をきつく責める。瞬いたら、ミーヤは顔にトモエの息の温もりを感じた。
     いつの間にそこまで近づいていたのだろう。トモエの透き通った紫の目が、暗闇の中で冷たく、赤く光る。心臓の強い鼓動がミーヤの内臓を震撼させ、吐き気が這い上がってきた。気持ち悪さ、期待、当惑…気の弱いミーヤは、重圧感に押し潰されそうだった。
     トモエは、体をミーヤに押し付ける。憂慮で目を閉じるミーヤ。
     「ミーヤ…」
     トモエは、目を少し開いたまま、ミーヤの唇をゆっくりと、丁寧に一回舐め上げた。力強い筋に押され、柔らかい唇が変形し、ミーヤの心臓が縮こまり息苦しくなる。他人の湿った「中の皮膚」を初めて感じた彼女は、切なさと幾ばくかの怖さを覚える。キスを期待していたのでどう反応すればいいのか、何を感じればいいのかまったく分からなかった。
     「私の唇を舐めなさい」
     不意な命令口調に、ミーヤは戸惑う。少しの間を置いたが、それ以上の説明は来なかった。なんとかトモエの目の把握から視線を外し、唇へと向ける。口紅をしてない、濃い鴇色の唇。ミーヤ程ぷっくりはしてはなく、品が良い、形にバランスがある綺麗な口だった。
     その口に、ミーヤは自分の口を恐る恐る近づけた。唇同士が触る直前、ミーヤは唇を更に開き、甘い息と共に唾で湿った舌でトモエの唇の渚にそっと触れた。何故こんな事をして欲しいのかが分からず、キスもした事が無い彼女は物凄く困った。その時、トモエの手がミーヤの腰に置かれた。ずらされる布が皮膚をくすぐり、手の熱がその皮膚を熱する。
     「んっ…」呻き声を初めて漏らした。
     その相手の行動に勇気を付けられ、ミーヤはトモエを真似した動きで、トモエの唇をぎごちなく舐めた。ミーヤの唾が、トモエの唇から垂れ落ち、顎を汚す。
     「あっ…」
     それを見てミーヤは当惑した。真っ赤な顔から、汗が流れ落ちる。
     「いいのよ、もっと舐めなさい」
     トモエは志気に満ちた瞳で見つめながら言った。
     「う…ん、」
     ミーヤはおどおどした手をトモエの体へ向ける。腰には恥ずかしくて触れず、トモエの腕を力弱く、軽く掴み、前と同じゆっくりとした動きでトモエの唇を何度も舐め上げた。部屋の沈黙がミーヤの耳を引き裂く。脈動する鼓動におされ、素早く体内を駆け巡る自分の血の音。舌と唇の間に伸びたり切れたりする唾の音。体を少しでも動かそうと擦れる布の音…まるで全世界に聞こえてしまってると思える程ミーヤにはうるさく聞こえた。
     心が小さな鳥の様に震え上がっているミーヤだったが、トモエの心の方は濃い液体に咽ばせられ、重たい状態だった。ドクドクとポンプされている血の流れを体で聞き取りながら、目を閉じたまま必死で自分の唇を舐めているミーヤを細目で見つめる。豪邸での使用人は恐怖でいつまでも震え上がり、歯をがたがたしていたが、ミーヤの不手際な動きには積極的な熱がこもっていた。トモエはそれに対して不快な感じを受けはしたが、それでも本能的にミーヤの口と体を求め始めた。純潔な体を犯したいといういけない気持ちが彼女の動きを支配する。
     「ん、んっ?!」トモエは蛇のような動きでミーヤの背中に腕を回し、指先でガルデローベの白いエプロンをきつく握り締め、逃げられない様に抱きしめた。その抱擁に囚われた女性は、相手の肉体の形、熱さ、そして柔らかさの触覚と圧覚の感覚に侵される。
     「んっ、う…」塞がれた唇と唇の間から初々しい声が漏れ、馴れた動きで舌が口の中に入り込んでくる。ミーヤの臍下が性感で爛れ、心臓が何回もきつく疼いた。力強い、しつこい動きの舌を、柔らかい舌が慌ただしい動きで受け止める。ずさんなキスから涎がだらしなく零れ、二人の口を性行為の証で濡らしていく。舌だけでは無く、お互いの体が更に絡み合い、トモエの太股の素肌がミーヤの股の辺りに縋り付き、ミーヤは女としての危機感を感じ始め、少し抵抗した。
     「…んっ!はっ、ト、トムォエちゃ、」呂律が回らない状態でミーヤはトモエの肩に手を置き、逃れようとした。トモエに口を犯さた気分になり、罪悪感を感じ始めた。
     「だ、駄目だようぅ」
      弱々しい、いつもより低い声と強い腕でミーヤはトモエを拒絶する。その瞬間だった。火照った痛みが頬に炸裂し、ミーヤは軽く横に飛ばされた。無防備だった彼女は、体を強めるナノマシンと日毎の肉体訓練をかかさないトモエの腕の慣性力にはかなりの物理的の反応をさせられた。ミーヤの手は自然にその燃え上がる頬を包み込む。倒れないように後下がりして開かれた足は、服に似合わず下品な体勢になり、大好きな相手の味に塩辛い液体が染み込んで来た。
     強い感情で震え上がるミーヤをトモエは見つめた。何故彼女を打ったのだろうか、ということは考えてはなく、ただどのような反応が来るのかと猛り上がる心に息を止めていた。ヒリヒリする掌を、自分の性器に当てたい気持ちを抑えた。
     加害者の顔を見てしまったら今起きた事が現実になってしまう事を恐れてるミーヤは、トモエの靴から目を離さなかった。血が滲んでいる唾を吐きたかったが、その様な下卑な行動を取る事は彼女のプライドが封じた。屈辱と惑乱に脳は懸かり彼女の体の動きを許さなかったが、やがて口だけ動いていいよという許可が出てミーヤは下を向いたままトモエへ聞く。
     「な、なんで何も言わないの?」受動的な質問。
     トモエはその途端、憧れのお姉さまの顔が浮かんだ。
     「本当に、貴女ってつまらないわね」
     トモエの靴はミーヤの視線から去り、ドアが閉じる反目的な音がミーヤの泣き声を沈黙の部屋へ誘った。



     「はぁ、」
     「...」
     「あっ!んん!」
     「...」
     「っは   っは  … っんは!」
     「...」
     「静かにしい」
     「...っ!」
     トモエは声を殺す。夕方の光がトモエの部屋のカーテンを忍び通し、膣の穴から陰核へとの、年上の女性の舌が学生の性器を舐め上げる光景を寂しげに照らした。口の主は薄い茶色の髪をすくい上げ、寂しさと譫妄が同時に隠れている目でトモエの性器を見つめる。濃い性汁の味への恋しさに酔い、少しも美味しいと思わぬその調味を夢中で舐めあげながら、ガクガクと震え上がる太股をゆるく掴み、紺色の髪の女性の声を心の耳に聞かせていた。その思いに押され、熱望的にしつこく舐めあげた。唾と愛液が陰唇と薄い陰毛に、舐めるたびに変わる春画をえがく。
     「っ、っ、っ、っ!、っ!!  はっ!!」
     トモエは声を漏らし、相手の迷夢を消し去ってしまった。
     シズルは舌の動きを止める。
     「また声を出しはったらやめますえ」泥状な視線がトモエの心を刺す。数秒二人は見つめ合ったが、トモエはもうその目を見たくなくて、瞼を軽く閉じた。誇り高き女性が色慾に溺れた様の顔に差し替え、偽の支配感に満足し、ベッドに凭れ掛かる。素直に股間への熱く濡れた感覚に喜びを感じ、腰を振りながら性行為に慣れた大人の技法にしんとしたオルガスムを迎えた。

     セックスした後のシズルはいつもトモエへ愛想笑いをあげ、素早く部屋を後にしトモエを一人にしていた。普段トモエは何も拭かず、そのままベッドスタンドにおいてある本の続きを寝るまで読むのだったが、今夜は『人間の外の人』の厚い表紙に手をつけたとたんに、ドアから小さなノックの音がした。
     「少しお待ちになって!」ガルデローベの寮のドアにはロックが付いてなかった。トモエは素早く足元にあるナイトガウンを肌に被り、ベッドの濡れた部分の上にシーツをかける。それから急いで、廊下へのドアを開けた。逆光に囲まれた冥々としたトモエの顔の前には、彼女の影を浴びる向こう側の壁だけがあった。
      暗い廊下に、微かに数人の笑い声が暗闇の中に響いていた。隣の部屋からの声だろう。そう思いながらトモエは無意識に廊下の先の影をじっと見つめ、そこに人影がある事に気付く。数秒その人影を観察し続けたら、それは二人だと更に気付いた。二人とも長い茶色の髪だったが、一人は背がとても高くて、もう一人はとても背が低かった。トモエは耳をすませる。
     「...はそうじゃないんですけどね」
     「ふふふ、..に かいらしいわ、アリカ..んは」
     表情までは見えなかったが、ヴィント訛りの女性が、アリカの肩に手を乗せたのは分かった。
     「えへへ、でもさ!......には内緒ですよ!..ちゃんは心配やさん...、...!」
     「分かりましたえ。ウチも......はそうも.........」
     「えええ!?本当ですか!そん、」
     急に大声を出したアリカの口あたりにシズルが手を乗せた。
     「しっ、皆寝ては........え?」
     「............」
     「........?」
     「....!」
     そして二人の体が同時に笑った。
     トモエは何も聞こえない、殆ど何も見えない光景から体を離す事が出来なかったが、いつの間にか二人はもうそこに居なかった。誰も居ないと気付いた時、子供の時の記憶が急に脳内をよぎり、再生を始めた。

     マルグリット家の屋敷の外の庭園に居た時の記憶、8歳ぐらいの時だろうか。長い髪と豪華な白いドレスを着たトモエは肋の痛みに顔を歪ませ、足を引きずりながら小石の野道を辿っていた。
     ジャリ、ジャリ、ジャリ。石と靴がこすれあい、何回もこけそうになった。
     「そーれ!」
     12歳ぐらいの貴族の男の子が、トモエの肩を思いっきり木の枝で叩いた。
     「うっ!」
     トモエは地面に落ちそうになったが、なんとかバランスを取り、野道をたどり続けた。
     「ミミズが歩いてるなんて変だよ!落ちろっ!落ちろっ!」
     今度は8歳ぐらいの男の子が乱暴にトモエの下腿に蹴りを入れた。
     「キャ!」
      流石に今度は持ちこたえる事は出来なかった。トモエは変な角度で腕から地面へ倒れ、リバウンドしてから背中に小石が当たり体が止まった。真上の空は、とても美しい青だった。
     「ひゅーーーーーー!」
     二人の男の子は興奮した声を出し、トモエの横に立って顔を覗きこんだ。
     「あ、泣き始めた」
     「ミミズが泣くなんて変だー!」小さい方の子が大きな目を開き、不思議そうな顔で言った。大きい方は横の花壇の肥料が入っている土を手で救い上げ、トモエの上に投げ飛ばした。口に少し入り、トモエは苦しそうに咳を吐く。
     「地面の下に戻りなよミミズ!って うわっ、これくせーよ」笑いながら小さい子の鼻の前に土が付いている手を差し出す。
     「バカ、近寄るなよ!」小さい子は強気に大きい子を突き飛ばした。大きい子はゲラゲラ笑いながら、トモエのピンクのレースが入っている白いスカートで手を拭き始める。手が綺麗になったら、彼はトモエの顔を覗きこんだ。涙と鼻水に土が固まり、初めてトモエを見る人だったら、綺麗の子だと教えても、誰も信じてくれないことだろう。
     「はなくそートモエはなくそーきたねー」笑いながらトモエから離れ、小さい子の隣に立った。
     太陽の光が涙と共にトモエの視界を妨げ、何かを言う勇気を与えた。
     「私女の子だもん!」セキと泣き声の間のような、聞き取りにくい叫びが出た。
     「ありの巣の上におしっこかける女なんかいねーよなぁ?」大きい子が小さい子に聞く。
     「なぁ!」明るく返事を返す小さい子。
     二人はトモエを面白げに見つめた。嫌味のない表情だった。
     「ち、違うもん」
     だが、違わなかった。トイレに行く途中だったトモエは、間違えてアリの行列を踏んでしまったのであった。足跡を見たら、アリの死体など半死状態のアリが地面に押しつぶされていて、数個のアリはピクピク細くて小さい手足を必死に動かしていた。彼らの口には何かの食べ物の粒があったが、他のアリはその仲間の口からその食べ物を取り上げ、列の後を付き歩き続けた。後から後からくるアリは、トモエの靴の被害者達を気にせず周りを歩いたり、または平気に体の上を歩くのもいたのだった。それを見て、トモエの心は恐怖感に充満された。尿意を無視し、アリの行列をなぞり、アリの目的地へ向かった。数分辿ったら、彼らの巣に着いた。かなり大きな土の塚の天辺に小さな穴があった。何故か父親の事を思い出すトモエであった。巣に見とれていたら、やがて仲間の死体から取り上げた食べ物を抱えたアリが穴にたどり着く。必死にその食べ物を持ち上げ、穴に入れようとしたがなかなか入らないものもあった。時々口から落ち、塚の壁から転がり落ちたが、複数のアリがそれを取りに行ったりし、なんとなく仲間同士でそれを巣の中に持ち込むことができていた。それを見て何故かトモエはとてつもない憤怒を感じ、二人の少年が言ったとおり、下着を脱ぎ、スカートを持ち上げながら巣の上にしゃがみ、小便をしたのであった。
     「嘘いうやつは地獄いきだ!」
     「地獄行きだ!」
     「どうせミミズって地面の下に住むもんだからさ、地面の一番下の地獄、トモエにお似合いじゃん!」
     「わ、おまえ頭いいな!」
     「か、え、れ!」
     年上の少年は、こんどは足を使い土をトモエの上にかけた。
     「か、え、れ!」
     年下の少年が真似をして、更に土を蹴り上げた。
     「か、え、れ!」「か、え、れ!」
     「か、え、れ!」「か、え、れ!」
     二人はどんどん夢中になり、地面を蹴り続けた。疲れと興奮で息が荒くなり、空気に舞い上がる土が汗ばんだ皮膚にくっつき、少年達の外見もかなり醜くなり始めていた。トモエは土が目に入らないために瞼を固く閉じ、同じ理由で泣いていた口を塞いだ。地球に飲み込まれ始め、空から離れて行く心地に苦しさを覚えた。やがて二人は飽きてきたのか、愚弄の叫びをやめ、膝に手をつきながら息を安定させようとする。困難した息遣いが鳥の声と共に鳴り、やがて鳥の声しかトモエの耳には聞こえなくなる。
     「なぁ、暑いから池に行かねぇ?」大きい子が顔の汗を拭きながら言った。
     「うん」
     「行こうぜ、テイジ」
     「うん!」
     二人の遠去る足音は、土に埋まっていたトモエに強く響いた。

     (「…大っ嫌い」)自分の声がトモエの脳に響く。ため息を飲み込んで、自分の部屋に入り、廊下からトモエという存在を取り去った。トモエがドアを閉める所をミーヤは何も言わずに見届けた。




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