淡い女王

作:WoWo
校正者:ケンジ



密雲に閉ざされている空が小さな息を吹き出し、
その隙間から透った月光がハイム家をやさしく照らした。
「月…」
ディアナは奥床しい柏木の出窓の青いベルベットソファーに座っていた。
煌めく白金に近い金髪が頭から背中へ転げ落ち、白き薄布のナイトガウンとあまり変わらぬ透き通る白き肌の上を彷徨った。

寄りかかってる窓に女性は甘い息で白い霧をかける。
やがてそれが晴れたら外はまた暗い密雲に封じられた暗闇に満たし、
まるでディアナの心境を表現してる様だった。
眉をそっと顰め、冷えてる肩に手をのせた。
冷たい自分の手。
ナイトガウンだけではちょっと寒い、早くベッドに入り込みたい…
そう思いながら、ディアナは外の景色を何も見てない目で眺めた。

「アールグレイしかありませんでした」
冷えた夏夜用の白いナイトガウンと、薄い青色のシルクのローブを着たキエルが、
ティーカップとティーポットを乗せたシルバートレイを持ちながら、
手の裏でドアを押し開けながら自習室に入ってきた。

「とても好きです、アールグレイ」
ディアナはそっと笑い、部屋の真ん中にある小さな丸いテーブルにトレイを置くキエルの後姿を見る。明らかに幼い時から訓練された完璧な動きで、彼女は紅茶を二つのコップに注ぎ、ポットを音をたてずにトレイに戻した。
(「今夜、いなくなる人…」)
香ばしい霧のたなびきをひきながら、キエルはディアナが座ってる出窓へ向かった。
「ありがとう、キエルさん」
ディアナはキエルが差し出したコップと茶托へ手を差し伸ばした。
「熱いから、気をつけてくださいね。月の湯飲みではないので」
「ふふふ、存じてますよ、キエルさん」
ディアナはコップの取っ手に指を絡ませ、また外へ向いた。
「もうすぐ、明日ですね」
「…ええ」
キエルは立ちながら紅茶を啜り、ディアナと共に月を見上げた。
次なるキエルの郷里。
月の眩しさが、キエルを吸い付く。
地球を捨て去るのではない。
地球を救うために、キエルは故郷を故郷では無くすのだった。
そして新たなるキエルは、古きキエルと共にこの世を去るのであった。

「ディアナ様」
キエルはディアナの冷たい横顔に話しかけた。
「ディアナ…」
ディアナは自分の名前を囁き、明滅してる月を眺め続けた。
数秒の沈黙がやがて数分の沈黙になり、
再び戻ってきた声はより強くキエルの心を震わせた。
「このソラ…この宇宙は、
無に支配され続けるから人間は星が美しいと感じるのです。
命というものがどんなに眩しく輝く物であろうと、
死というものがなければ、その光は色褪せたキラメキ…
いえ、その命はその生き炎に永牢されるようなものです」
「…」
ディアナは再び沈黙に自分を寄せた。

「私はもう決心しましたので、心配なさらずに」
「…」
「ワタクシは、心配してるのでしょうか」
ディアナは無表情だったが、もし女王ではなかったらディアナの瞳は寂しさを零しているとキエルには分かっていた。
「心配ではないのなら何故ためらうのですか?」
「…それは、」
キエルの舌鋒が少し鋭くなった。
「自分の事をそこまで身勝手の女だと思ってるなら、ちゃんと責任取りなさいよ」
キエルはコップを小型のテーブルに乱暴に置き、ディアナの腕をつかんだ。
ディアナは小さな後込み以外には、まったく反応はなかった。
だが、彼女は初めて階級の壁を他人に通り越された。
「貴方は何をやってるか、ご存知なのですか?!」
キエルの獰猛な低声がディアナの耳に吐き出された。
ディアナはまるで機械のようにキエルの方にむいた。
「何千人も、ワタクシのわがままのせいで死にました」
キエルは呆れた。
「まだ言ってるのですか?まさかそのような結果を予期せず行動してたとはとても思えません」
「読みましたね、ワタクシのデータを」
「全部は読めませんでしたが」
「地球帰還作戦とはこのソーラシステムのすべての人間への影響がある作戦でした」
「…」
「なのにワタクシの言葉、ワタクシの考えには、人と呼ばれるものはなく、たんなるワタクシの観念論に埋もれてるのです」
キエルはディアナの冷たい腕を放し、自分の体を抱き寄せた。
「観念で動かない主権者なんているんでしょうか?」
ディアナはため息を吹き、キエルの方に顔を向けた。
キエルの目からあふれ出す五情の底光りが、ディアナの氷の虹彩を溶かそうとした。
「痛みを感じた事がない人は、他人の痛みを分かる事はできないのです…
しかしなぜ、なぜ黒歴史を人に見せず、ワタクシの心が理解されていると勘違いしてしまったのでしょうか?人文を数百年も浸漬されたこのワタクシが…」
「過去を振り返ってみせるのでしたら、誰だって状況と結果なんて簡単に見えます。助言を曰くのは簡単です。そして貴方はいくら女王でも、ただの一人の人間です。何千人ともなるの部下と政治家と国民の完全制圧なんて無理です」
ディアナは知ってた。自分はただの人間の女で、今自分の前に座っているハイム家の長子は自分にない何かがあると。世の中では、非凡と呼ばれるものだった。
「もう疲れたのです」

この会話はもう数回繰り返されていて、お互いもう言葉では理解し合ってるのであったが、何かが二人の心に引っかかってた。お互いの目の中を覗き込み、その正体を見つけようとしたが、二人の心が通う事はなかった。
冷えた空気が二人の間に座った。
キエルはそれに気付き、無意識にディアナの横に座った。
ディアナの唇は少し震え、月光から離れた瞳孔は拡張し、急に近くなったキエルの目に焦点を合わした。
キエルの瞳には月の青い円の反響が輝いた。
お互いの瞳に覗く事は、今夜が最後であった。最後。永久に。

その時、とんでもない絶望感と切なさが二人の心に流れ込んだ。
今まで起きた出来事が二人の脳裏を閃いた。心と体を支えあった日々を。この世界で大事だと思う、そして思ったことが。
そしてそれを止め刺すもの。
死。
天国と地獄がないのなら、この宇宙から体だけではなく魂が消え、今夜が最後の触れ合いになってしまう。
明日の夜には二人は何十万キロも離れ、程無く計量器では計れない距離になってしまう。
涙の流れ出す目で、お互いの目を通し、魂に触れようとした。
眺め、
眺め、
眺め…
いくら目で探っても、感じる事は己の精神の動きだけだった。
お互い宇宙のどこかに存生していれば、それはそれで良かっただろう。
だが、永遠の別れには希望というものが存在しない。
月光の灯影が相手の顔の明瞭さを翻し、不安を弥増させた。
何分経ったのだろうか。
時間が止まっていたが、また動き出した。
ディアナ・ソレルとキエル・ハイムは、目を少し開けたまま顔を近づけ、
徐ろに、初めて唇を重ねた。

少々開いている唇から、
暖かい魂の息が吹き出され、
お互い目を瞑り、口と鼻でそれを吸い取った。
その体温の暖かさを感じて、キエルの涙はより強く零れ落ちた。
ディアナの心から切なさが絞り上がられ、その感情に流され舌をキエルの口に中に押し入れた。
キエルはディアナの舌の裏を舐め上げ、先から横をなぞりながらディアナの口に自分の舌を滑り込んだ。

「んん、」
「ん、」
やがて喉声が二人から零れ、唾液が肌の間にはね飛ぶ音と同調した。
ゆっくりした動きがどんどん乱暴に、そして情熱的に変化して行き、
二人の精神が肉体を通しぶつかり合った。
キエルはディアナの下唇を軽く噛み、吸い上げ、
ディアナはキエルの上唇の裏をねっとりした動きで舐め上げた。
女性達の嫋かな唇が絡み合う。
四つの手と腕は、二人の女体を包み上げ、
締め付ける抱擁が二人を一人にしようとする。
やがてディアナはキエルを押し倒した。
キエルは脚をソファーの上にすべり上げ、反転しあってる間に二人の下半身もやがて絡み合った。ナイトガウンはどんどん捲り上がられ、生脚が月に姿を見せた。

ねちょ…
二人はお互いの舌を口から開放した。
唾がディアナの開いた口からしたたり、
キエルの桃色の唇と、その間から覗く舌を塗した。
キエルはディアナを不思議そうに見つめ、
その瞳に恥ずかしくなり、ディアナはキエルの首の隣に顔を埋めた。
ディアナとキエルは抱き合いながら、数分相手の鼓動を感じ取った。

「ディアナ様?」
小声でキエルは自分の上に倒れ込んでる女性の意識を呼びとめた。
「はい…」
キエルはディアナの表情が見えなかったが、何時もと違う声の質だった。
耳と頭を還流するような呂律を紛失しつつ、
一瞬キエルは自分の妹を思い出した。
無意識に、キエルはディアナの髪をゆっくり撫で始める。
女王の薄い金色の髪の毛は指に軽く絡み、
手の動きがディアナの背中から頭のてっぺんまで通じた。
安らかな気持ちが、徐々にディアナの心に入り浸った。

「本当に、いいのですか?ロランと…」

鈴虫の声が間を埋めた。

「ロランはワタクシの望みを理解してくれてます。それでいいのです」

キエルは目を瞑って、ディアナの柔らかい体をぎゅっと抱きしめ、顔を首に押し付けた。落ち着いていると、香水で隠しきれなかった鉄と薬の様な匂いがキエルの鼻を突き付いた。一瞬心に恐怖が訪れたが、やがてその気持ちは悲しみに変わった。
死にたい人を抱きしめてるキエルは、生かせたいという本能との戦いが始まった事に気づき、何故今までそう感じなかったんだろうと考え始めていた。一歩離れてる人間への気持ちと、こう抱きしめてる人間への気持ちは何故こうも違うのだろうか?頭で理解していても、やはり五感で物(人)を理解すると、離れないような、こう、体の底に入り込むような感情が体内で渦巻くのは確かだった。

ディアナは人に対して、責任者としての深い思い入れは珍しくはなかった。ロランは忠臣として、そして人としても信頼できる男で、彼が幸せの顔を見せてくれたら素直に嬉しいと思うのだった。ハリーはディアナを心の底から愛していて、彼がいるからこそ、ここまで頑張れたとも言えるだろう。
ただし、愛であって、恋ではなかった。上箱を支えてくれていても、枯れた心を癒すことはなかった。家族への愛、友達への愛、教師への愛、国への愛、理想への愛、それは皆生きるために必要の愛としても、自分という存在へ意味を与える愛ではない。ウィル。ウィルはディアナを愛していたのだろうか、そしてどのように愛していたのだろうか。その答えを確かめる前に彼はこの世を無言で去った。愛しているのなら、何故あのような旅に出たのだろう。愛しているのなら、何故一人にして欲しくなかったと理解してくれなかった。愛しているのなら、何故この「生きた死」から連れ去ってくれなかったのか。永久に答えが出ない質問がディアナの頭の中を跳飛し、昔振り切ったと思った切ない怒りと悲しみが蘇った。
(「分かって欲しかったのです、ワタクシの心を!」)
もう誰に対して言ってるのか分からず、ディアナは声を出し泣き沈む。

急な出来事にびっくりし、キエルは目を開き、ディアナの横顔に顔を向ける。黄金の髪が女王の白い肌に敷き詰めていた。目から涙が流れ零れ、開いた口から真っ白な歯とピンク色の中身が覗き出す。いつも殆ど無表情の女王がここまで感情をさらけ出しているとは、キエルにとって物凄く衝撃的だった。
不安という気持ちが始めてキエルの心を湿した。『人工冬眠』というものに関した情報を教えてもらったが、完全に寝ているわけではないらしい。意識はあるのだ。『寝る』たびに、肉体から離れ、百年も機械が送り込む情報を観覧するのだった。
キエルはその経験がないとは言え、まったくそれがどのような苦杯なのかは想像できなかった。ディアナは『寝ている』時には、『生きていた』のだろうか?いくら意識があったとしても、空と大地の深みを目で感じ、愛する者の笑い声を聴き、大声を出して歌い、知り合いが作った不味いクッキーを食べ、柔らかい毛布に身を沈めることが、生きる事ではないのだろうか?生きた事がなく、生きるのは苦しいものだけと勘違いしてるのではないだろうか?千年以上生きているのだが、人間として生きたのはたった十九年だった。このまま死なせてよいのだろうか?

今までキエルはディアナに同情する事はなかった。住民とともに生きる、そして今の政治機構の安定を守るには、住民と同じ生き方をしなくてはならない。子を産む事は、二千年も守ってきた平和を破くことになる。その上に、アグリッパ家への信頼の先細りといい、ギンガナム家の独立独行といい、数々の事件によって、ディアナはこう見えてもかなりの疑心暗鬼だった。そのような錯乱状態に満ちた心のせいで、ディアナは権力を他人には与えられず、次ぐ身を産めず、数百年も月の絶対権力に取り縋ってた。
これはディアナが自ら選んだ事だった。群盲たる人々に屈服する愚かな女と思っていた。
だが今のキエルは、自分の腕の中にいるディアナはまるで聖女だった。桁外れの責任感と純粋さ。孤独の、普通の人間の女の感情をもった、呪われた女神。そしてキエルは、その女神に数百年誰にも与えられなかった安らぎを与える事ができ、ディアナは初めて親以外の他人を心の奥から信頼できることができたのだった。

そしてキエルは初めて他人の前で泣き出した。

ディアナはキエルの泣き声を聞いたとたんに自分の悲しさの流れを止めて、赤い目を大きく開きキエルの方に向けた。
(「あのキエルさんが…」)
キエルはディアナの動きを感じ目を開いたが、恥ずかしいのか、それかまた別の理由なのか、再びディアナに顔を埋め隠し、抱擁を強めた。
キエルは、ディアナにはない魂の光があり、政治的才能、知能、そして計画などの発揮力と想像力がはるかにディアナを上回ってた。冷たい完璧さだった。愚行のせいで二人は入れ替わってしまい、月の女王ディアナ・ソレルと数ヶ月生きなくてはいけなかったキエルは、まるで(優越の)自分を見てる程に息が合っていたとディアナは思った。ディアナはキエルに頼ってる、いや、キエルは自分の一部、そう、まるで義肢のように見ていた。機械。夢がある機械。夢が叶っていく機械。それがキエルだった。
だがその機械の女性は、予謀がないと信用できる、人間らしき表現を今始めて見せたのだった。
「貴方はハリーにこの様な顔を見せてるのですね」
クス、と優しい笑いがキエルの耳をくすぐった。ディアナは何故キエルが泣いてるか理解できなかったが、数分までに持ち上げていた孤独の壁が、まるで最初からなかった様に完全に消えた。
やがてキエルの泣き声も止まり、無言で二人は抱き合った。
月の青白い光が紫の天鵝絨の上に流れ落ちる金の髪を妖光させる。その中に奇妙な気持ちが女性達の間に揺曳していた。相手がどんなに特別か、相手がどんなに大切か、そしてその相手の未来。
「ディアナ様は本当にこれでいいのですか?人工冬眠はしなくていいのですよ?最後まで、見届けなくて…」
「本当に、無責任ですね…」
「・・・」
ディアナは天井を見上げてるキエルの横顔に話しかけた。
「怒らないんですか?」
キエルはほっぺたを少し膨らめた。吐息をし、ディアナに顔を向けた。
「私に任せたのに、今更失礼ね」
声は怒ってるが、目はとても優しいキエルにディアナの頬が少し紅潮した。
ディアナの肌がとても白いせいで、キエルの目はそれを無視する事はできなかった。
「ディアナ」
様が付かなかった。
ウィルの時と同じだった。
「…あ」

ディアナは何故かさっきのキスの事をすっかり忘れていた。頬が更に紅潮して、心音が耳になるほど強くなった。これは愛なんだろうか、恋なんだろうか?何故ウィルにあのような質問を聞けなかったのかを自ずと理解し始めた。
あの時は、感情で動いていた。今の様に?今は…

キエルの気持ちは昏迷状態だった。ハリーを愛してる。これは確かだった。ディアナを「人間」として今まで見ていなかったので、急に心に現れた複数の感情に溺れ始めた。確かにディアナとは運命の絆というものを感じる。ディアナをある意味愛してるのは確かだったが、恋とはまた違い、でも恋と同じ様な何かを感じる。キエルは女性と性行為をしたいとは思ったことはなかったし、あまりそのような存在の事も考えもしなかったが、確かに月では同性愛というものは普通だったはずだ。ディアナは今自分をどのように見てるんだろうか?「女性に抱かれたい」。その気持ちは今もない。だが、「ディアナに愛されたい、ディアナを愛したい」。その純粋な気持ちは芯から溢流した。

二人は迷った。どうすればいいのだろうか。何故ここまで頭を使っているのだろうか?今までは言葉一つも交わさずにお互いの思考を手に取るように分かってしまうものだったが、何故か相手がどんどん遠去って行く。二人を繋ぐ紐は漸次に細くなり、ぼやける。

「キエル…さん」
漂う左手をゆっくりキエルの顔の方へ流した。
ディアナの指先がキエルの暖かい肌へたどり着き、頬から蟀谷へなぞりながら、手の平でキエルの顔を愛撫し、感情を宥めた。
キエルは目を閉じ、ディアナのひんやりとした手の平に撓垂れ掛かかった。
(「もう、こんなに冷たく…」)
キエルはディアナの手の上に自分の手を乗せ、目を開いた。
二人は相手の呼吸の音を聞きながら、時々顔に吹き掛かかる甘い息を賞味し、
再びお互いの目の光に恍惚となった。
長いまつげに囲まれた、透き通った青玉の瞳達。
澄んだ星空の様に輝くキエルの瞳。
深海での発光の様に底光りするディアナの瞳。
相手の温もり。
キエルはディアナの手を離し、そっとディアナを自分から離した。
今まで冷たい空気に当たってたディアナの背中が、ソファーの背凭れに押し付けられ、今度は前が空気に囲まれた。
慎ましいレースの縫い模様で飾ったガウンに包まれた豊かな胸に、
キエルは手をそっと乗せた。
布の感触。そしてその下に潜めてある肉体の感触。

トックン、トックン、トックン…
深い呼吸をしている魂の節奏を手の平で感じ取り、キエルはディアナの恥ずかしそうな顔を同様の表情で見凝めた。
ディアナはキエルに従事し、
手をキエルの顔から首、首から肩、肩から腰、腰から太ももへ、
ゆっくり、滑らかになぞった。
地球と共に生きた、自然の女性の美容。ムーンレイスの人為的の匂いと違った、生々しい香りを放ち、肌から流れる汗の量は健康の証だった。その燦然たる赤き輝きはディアナにとってとてつもなく眩しかった。
キエルのナイトガウンの裾を掴み、ゆっくりキエルの頭までひっぱり上げた。キエルは協心にローブからすり抜け体を持ち上げ、後程ガウンは肘掛けの上に飾られた。そしてすぐに、ディアナのガウンが付き従った。
ディアナははっとした。
「キエルさん!」
下着を身に着けていない裸身の女体が黄金の波打つ髪に囲まれていた。嬌羞な微笑がディアナに向けられてたが、それは驚きの表情と入れ替わった。
「どうしたの?」
キエルはディアナの視線を目で辿り、自分の桃色の乳首に止まった。そして、ディアナの下着姿を眺め、嬌羞な微笑がまた彼女の顔に戻った。
「あら、これが普通なのよ。地球では」
卑しい笑いをしながらキエルはディアナの背中に手を回し、ブラジャーのフックを外した。体に押し付けられていたディアナの胸がこぼれ出し、二人とも同時にはっと息を飲み込んだ。恥ずかしいほど豊富な胸にディアナは思わず赤面した。性行為を禁じられてた女王は、このように他人に見せた事はなかったのだった。さっきまで自信に満ちていたキエルも僅かに頬が紅色に染まり、その胸に佇む石竹色の突起に手を伸ばし、指先で先端を撫でながら、キエルは切なく自分の気持ちを素直に囁いた。
「愛してるわ、ディアナ」
敏感な皮膚とともに心を触れられたディアナは、底から舞い上がってくる気持ちに浸され、全身を震わせた。ああ、これが己の心と体と共に生きるという心柄なんだろうか。そう思い、ディアナはぎこちない動きで、キエルの胸を手と唇で囲み、美味しく吸い上げた。
「あぁ、」
籠もった声でキエルは呻いた。
汗の塩っぱい味と、キエルの特殊の香味がディアナの口の中に広まり、それを味わうように乳首を舌で突付き、唇で吸い上げる度に乳頭と共に乳を口の中へ引き寄せた。両腕でキエルの腰を囲み、自分の体に押し付けた。
キエルは胸に響く強烈な痛快に驚き、小さな叫びを上げてしまった。聞こえてしまうのが気に掛かり、左手で口を防ぎ、喘ぎが含み声として指の間から漏れ出た。
「ん、ん、んん、」
キエルはディアナの乳頭を指の間に転がし始め、二人の興奮した鼻息と流れる汗が、周りを加湿した。口と胸の隙間から垂れる唾が広がり、キエルの胸をキラキラと光らせる。ディアナはキエルをどんどん強く抱きしめ、キエルの手はディアナの胸と自分の下腹部の間に挟まれて動けなくなってた。所々肉が食い込んだり押しつぶられ、まるでディアナに食い尽かされてる気分になった。
キエル、キエル、
ディアナ、ディアナ、
心に響く感情が二人の中で舞を舞った。やがて我を忘れた様に高鳴った性欲が二人を食い尽くし、二人の絡みが野性化していった。ディアナはキエルの胸から口まで、舌と唇と唾で尾を引き、二人は情熱的なキスを再びし始めた。相手の匂いと味を吸い込みながら、五体を絡み、擦り合った。
激しく絡み合う舌の動きに兼ねてキエルはディアナの下着を脱ぎ払い、膝から太もものから白繻子の様な肌をなぞり、やがてディアナの足の間にある保温されている熱源の前にたどりついた。温気が指先を巡らす。
ここまでの安心感と共に、何故このような狂騒が同時に体に存在できるのだろうか。キエルの心臓は崩壊寸前で、この先の行動を躊躇った。佇む指。
「!」
キエルは自分のクリトリスに急に圧覚を感じ、キスを止め無声音の息を湧出した。
ディアナは気兼ねを示した表情で、切なくキエルの顔を見てた。
「…ディアナ」
キエルは女王の名を声にし、彼女のお尻の谷間をそっと触る。後ろの方からディアナの秘部を指先でそっとなぞったら、ディアナの顔は可愛くゆがんだ。
他人に触られるのは、こんなに気持ち良くて、幸せな事と女王は理解した。
ディアナはキエルの秘部をゆっくり、丁寧に愛撫し、愛汁が指とキエルの太ももを白く濡らした。時にはキエルの体は軽く跳ね上がり、滑らかな嬌声が空気に広がる。ぞくぞくと狂気を感じる下腹部に酔い、キエルの手足が静かなけいれんを起こす。
眉を顰め目を瞑るキエルの無防備の表情をうっとりと眺めているディアナは、手と女陰の間の摩擦熱と体熱と潤いに我慢できなくなり、二本の指をキエルの中へゆっくり滑り込んだ。
「はっ、あぁ、あ!」
(「キエルさんの中、熱くて柔らかくて、指が溶け込みそう…」)
指の節が一つ一つ穴の中に潜り込み、やがて指のつけ根まで差し込まれた。膣に異物を押し込まれ、キエルは自分の雌の性を感じた。首と胸の辺りまで皮膚が真っ赤に染まり、額に汗を滲ませた。
(「ディアナ、ディアナの指が、私の中に…」)
ディアナはゆっくりと、慎重に膣を撫でると、キエルの下腹部は素早く轟き、無意識にどんどん股を開いた。手の動きに同調し、腰をゆっくりと正弦波をなぞり、円滑に振り始める。ディアナはキエルのその端たない腰付きに靡かされ、指を更に強く、早く動かした。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
二人の息衝きが動きと共に増強する。ディアナの掌が陰門を平手打ちするたびに、キエルの太ももの肉に波が立ち流れ、ピチャピチャっと愛液が飛び散った。
やがて絶頂感がキエルの体を衝撃した。
「んっ、っ、あっ!あぁー!」
軋った喘ぎ声を出し全身を痙攣させ、キエルの膣が激しく畝ねり、液体を噴出した。
高鳴った感情に脅され、キエルは涙を流しながらディアナにしがみ付く。ディアナはそっと指を抜く。抱きつくキエルから流れる愛情と喜びが、ディアナの爪先まで沁み込んでいた寂しさを緩和させた。

「・・・キエルさん、本当に今までありがとうございました・・・ワタクシは、貴方に会えて本当に幸せです」
くたくたなキエルは、そっとディアナの頬に温情なキスをした。
「私は、」
キエルはディアナに寂しそうな目を向けられ、言葉が詰まった。
「私は…」
「ふふふ。分かってますよ」
ディアナはキエルを恋々と見つめた。
「本当に、今まで支えてくれまして…ありがとうございます、キエル」

キエルは心の中にある隔靴掻痒の感に対して渋面を浮かべた。もし自分の感情を理解したとしても、その時にはディアナはもうその気持ちに答えることはできないだろう。

いなくなる前にすべてを知っておきたい…
そう思いながら、キエルはディアナの首へキスを置き、そっと舌で舐めた。
ピクッと反応し、ディアナから鼻息と甘い声が吃りながら出る。
そっとキスを蒔きながら、首、胸、そして柔らかな腹囲を唇と舌で愛撫した。
下へ下へと体を滑走するたびに、
少し遅れて後を纏い付く髪の毛がディアナの肌をくすぐり、オレンジの果樹園の様な香りを燻らす。
キエルはディアナの太ももを手でそっと撫でながら押し開き、甘い匂いの元へ頭を下げた。ここの匂いは、ナノマシンに汚されてなく、ディアナの自然の香りを放っていた。見慣れてない無毛の大人の女性器がとてもいやらしく感じ、あの純粋の女王の物だと思うと、その差異に強い魅力を感じるキエルであった。
厚い唇状の血肉に隠された熱と愛汁を求め、濡れた皮膚を指で引き分けた。キエルは許諾を求めディアナの顔を見上げる。ディアナの少し開いた唇は無言のままだったが、半分閉じた目からは、狂喜の煌きを放ってた。
自ら少し足を更に開くディアナは、心臓が鼓動するたび全身が轟いた。
キエルはディアナの敏感の皮膚に舌を伸ばした。
「あっ…」
気持ちよくさせてあげたい、という理性的な考えを感じるような味わい方ではなかった。キエルの舌は真っ直ぐ愛壷の口を探り出し、その蜜を舐め上げ、口を大きく開き味汁を囲み、唇を閉じ全てを口の中に飲み込んだ。キエルの味蕾に沁み込んだ味は、ディアナの一番貴い秘密だった。
ディアナは柔らかい叫びを放つ。苦しそうな息遣いに、所々霧吹される呻き声。キエルはゆっくり、しつこく舌の平の全てを使い舐め続け、陰核を軽く払いのけるたびディアナは飛び上がり、筋肉がぴんと張った。ディアナの濃い液体が、キエルのピンクの唇と舌からぼたぼた流れ落ち続けた。
ディアナは時々見上げるキエルの官能的の眼つきにも刺激されながら、ソファーに流れ架かってるキエルのシルクローブを固く握り、手からの汗を染み込めた。目が合うたび二人の性所が強い動悸で震え上がった。
やがてキエルは口を離し、ディアナの太股の裏に手を回した。
自分の足を下へ滑り込めながら、ディアナの足を自分の太ももに乗せ、吐息をふきながらゆっくりと自分の女陰を女王のとろとろの女陰に密着させた。二人は同時に声を上げた。
「あっ、」
月光が妖しく二人の裸身を照らし、接する陰部の火照りが密かに部屋の目に染み付く。
キエルの少々長い柔らかい陰毛が、ディアナの無毛の肌をくすぐる。二人は指で紅唇を開き、卑俗に敏感の人肉を晒し出してから、腰をゆっくりと振り出し始めた。性器を相手の性器に擦り上げ、二人の肉と、血管と、愛液が溶け合う。
湿気に囲まれたドロドロの空間は、音を立てながら愛汁を太股とソファーに降り落とした。膣道が収縮するたび、お互いの性器に愛汁が飛び掛る。二人は外の世界を度外視し、閉じた瞳から涙が溢れ出しながら、起きてる人には聞こえてしまうそうな高い声で自分の気持ちを鳴き叫んだ。
幸せな気持、切ない気持、寂しい気持、怒りの気持、苦しい気持、恋しい気持、笑いたい気持、叫びたい気持、過去への気持、未来への気持・・・生きてる気持ががそのうめきに乗り魂から飛び立った。


次の朝は、二人は頬を染め、笑いながら自習室を片付けた。
ソファー、床、そして服に染み付いた思い出を洗い流し、その後は綺麗な服に着替えた。お互いの髪を優しく梳かし、化粧を付け合って、ロラン、ソシエ、ハイム夫人、そしてジェシカとサムと、焼きたてのパンと、ベーコンと、卵とコーヒーの朝ごはんを皆と仲良く食べた。
ソシエは出航会の用意のために途中に抜け出し、食べ終わった『ディアナ』は、行く前に見ておきたいものがあると言い、二階にあるキエルの部屋へ登り上がった。

きっと人生の中で最後に見る自分の部屋。
子供の頃は十人の友達と遊びでベッドの上で飛び跳ねていたが、昨夜ディアナと寝た時には窮屈だったベッド。初めてのデート、グエンとの出会い、友達との買い物の付き合い、ソシエのバースデーパーティー・・・様々な行事のために身に着けたジュエリーを守る宝石箱。ロランがドジをして壊してしまったフェンスを、必死に隠れながら直してる所を覗いたりしていた、大きなパラディアン窓。バイオリンの練習に飽きて、こっそり読んでいたロマンス小説とか、歴史の小説などが詰まっている本棚。
昔を思い出しながら部屋を見回してたら、一瞬床から反射された太陽の光に目をくらました。
頭の角度を変え、キエルは床を見返した。
(「あれは…?」)
簡素な銀の指輪が落ちていた。
それを拾いあげてる時に、後ろから階段を登り上がって、部屋の戸口の前まで来る足音が聞こえた。振り向くと、そこにはディアナがいた。空の薄明かりが部屋の中に流れ込み、温かい光が彼女の美しい顔を照らす。
キエルは朗らかに笑う。
「どうしたのですか?キエルさん」
キエルの指の間の輝きにディアナは目を細めた。
「それは?…あっ」
ディアナは胸の辺りを手で押し探った。キエルは指輪を観察し、ディアナの方へ再び向いた。
「この指輪、キエルさんのですか?床に落ちてたんですが…」
ディアナはキエルの横まで早足で歩き、指輪を持つキエルの手をそっと囲んだ。指輪を近くから眺め、ほっとした表情を浮かび上げた。
「これは、昔ゲイムさんに貰った指輪なんですけど、今は小さすぎて・・・」
ディアナは襟の下から、切れた金輪を釣り下げてる銀鎖のネックレスを引っ張り出した。
「あら、切れてますね」
キエルは金輪に指輪を当てながら言った。
「ロランなら簡単にこのような物を直せますよ」
キエルはディアナの左の掌に指輪を置き、ディアナの指を拳にそっと押し曲げたら、ディアナはその拳を胸にあて、そっと目から雫を流した。
キエルは少し考えて、窓の下にある箪笥へ歩き、その上にある青銅の宝石箱をそっと開いた。ジャラジャラ、と音を立てながら片手で一生懸命中身を探し、やがて可愛らしい微笑が彼女の顔に表れた。
「キエルさん、右手を出してください」
ディアナは右手を差し出した。
キエルはその手の平に、似たような銀の指輪を置き、ディアナの目を喜色満面で見つめた。
「この指輪は、私が始めて自分で稼いだお金で買った指輪なんです」
「まぁ!」
ディアナは嬉しそうに指輪を眺めた。
「キエルさんにあげます。私の指にまだはまりますから、きっとキエルさんにも…」
キエルは指輪を取りディアナの手を裏返し、右手の薬指にゆっくりはめた。
「ふふふ、やっぱり!」
ディアナは指輪を涙目で見てから、キエルの嬉しそうな顔へ顔を向けた。
二人は微笑みながら、優しい目でお互いを見つめ合った。
「・・・ワタクシは、」
その時、ジェットの音が窓を震わせ、空から大きな黄金のモビルスーツと複数の銀色のモビルスーツがハイム家の庭に着陸した。
「ディアナ様ー!ハリー大尉がお迎えに上がりました!」
一階からロランの声と、階段を上り始める音が響いた。
ディアナの心は凍り付いた。
その時、キエルはディアナを腕で囲み、ディアナの顔を覗き込んだ。
「私達は、永遠に繋がってます」
そう言い、ディアナに最後のキスをした。
ロランがドアの前に立ってる時には、もう二人は離れていた。
「準備はいいですか?」
少し照れながら彼は二人に聞いた。
キエルは悲しそうに、ディアナの手を取った。
「では、参りましょうか?キエルさん」
ディアナは硬質の笑顔を着用してた。
「はい」

ハリーはディアナに低語で喋った。
「本当に良いのでしょうか」
ディアナは荘麗に微笑んだ。
「ディアナ様をお願いします」
「…」
ハリーはいつもながら無表情であったが、少々違和感を感じる間を置いた。
「今までありがとうございました、ハリー大尉」
今度は大きな声で喋り、ディアナは手をハリーに差し出した。
ハリーはその手をぎこちなく取り、長く、強く掴んだ。
ディアナは少し驚いた。あの冷静なハリーの手は少し汗ばんでいて、腕から伝わる震えはモビルスーツからの地鳴りか、ハリーなのか分からなかった。
赤い眼鏡の後ろは、昔と同じく伏在されていた。
「では、お気をつけてください、キエル嬢」
ハリーはディアナの手を離した。
今回は間を置かずに、スモーの手まで素早く歩き、振り向かずにコックピットまで運ばれ、中に入り込んだ。
スモーの拡声機からの声が放送された。
「では、ディアナ様」
スモーの手が、親衛隊に囲まれているキエルの後ろに置かれた。
女王を巡らす朝霞は、モビルスーツからの眩しい光に浸り、青き底光りの彩雲と化した。その逆光は、中心に凛々しく立つ新たの女王を冷たく灯す。
「ロラン、そしてキエルさん。ご親切と勇気を大いに光栄と思っています。その勇敢たる心の純粋の輝きを、放ち続ける事を祈っています。またいつか、お会い致しましょう」
ロランは涙目で『ディアナ』へ一礼した。
「ディアナ様、出航会へ行けなくてすみません。ご健闘を祈ります・・・あっ」
ロランの目から涙が制止なく流れ出した。
『ディアナ』は優しくロランの手を取った。
「貴方を忘れません、ロラン」
ロランは密かな涙を見た気がしたが、自分の涙のせいで目の前がぼやけていて確信できなかった。『ディアナ』の手を持ち上げ、温かい手の裏に敬愛のキスをし、後ろへ下がった。
そして『キエル』は『ディアナ』の前まで前進し、ロランと同じ様に一礼した。
「ディアナ様、お大事に」
女王は手を『キエル』に差し出した。
「ワタクシ達の絆の一縷は、どんなに伸びても切れる事はないと思います」
『キエル』は『ディアナ』の手を掴んだ。
「そうだと思いたいです」
「…お気をつけてください、キエルさん」
「どうか、ソラと地球に、平和を…ご成功を祈ります」

二人はゆっくり手を放した。指先が相手の掌をなぞり、相手の指の丈をなぞり、相手の指先をなぞり、やがて、相手の指先と自分の指先の間に宇宙ができた。
『ディアナ』は合図として腕を少し上げ、スモーの手はゆっくりソラへ向かった。ディアナはその場から下がった。
モビルス−ツからの轟きは素早く、強く鳴り、数秒後には空に見える小さな黄金の点と化していた。自然と機械が作り上げた風が『キエル』の髪を靡かせる。
『キエル』は自分の手を眺めた。銀色の鉄が、指の周りに熱く輝く。
ディアナは指輪を右手から外し、左手の薬指にはめた。指輪は、すぐ隣に落ちた涙と共に輝いた。
再び上を向いた時には、青い大空は障害物が無く、永遠と広まっていた。

 


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