「月の記憶」
作者: 新訳・裸の大将さん

 

 

少し風が強くなった。
 ソシエ・ハイムは瞼をかすめる前髪を鬱陶しく思いながらそう感じた。夏の空気はまだ冷めず、
純白のワンピースがじっとりと湿り、少女の肌に吸いつく。ソシエはその感触が嫌でたまらなかったが
仔犬のように大人しく、ただ午後の日差しを緑色に散らす大樹の根元に腰を下ろし自らの屋敷を眺めていた。
 正確にはソシエは屋敷の扉を凝視していた。こうして待っていれば今にあの褐色の肌をした少年が
艶のある銀髪をたなびかせて駆け寄ってくるに違いないからだ。とりあえず少女は、少年が自分の影を
踏むところまで近づいて来たら少年をいきなり怒鳴りつけてやろうと決めていた。
---だって生意気じゃない、ロランの癖に私に待ち惚けを喰わせるなんて
 誰にともなくソシエは呟いていたが、その物言いはともすれば少年を何事もなく許してしまいそうになる
自分への叱咤かも知れなかった。 
「……それにしても、随分静かになったわよね。不謹慎だけど拍子抜けだわ」
 陳腐な言葉だが、世界は平和を取り戻した。月の女王ディアナ・ソレルに反旗を翻したギム・ギンガナムは
白い巨人とともに繭の中に封じられ、ムーンレイスの強硬派はなりを潜め、グエン・ラインフォードは
戦後のどさくさに行方を晦ましていた。
 今では彼の顔を思い出すことも疎らになってしまったが、グエンが消息を絶ったと聞いた時の
ロランの呟きは今でもはっきりと思い出せる。
---いかにも、グエン様らしいなさりようですね
 そう言って寂しく微笑むロランの横顔は、夜明かしの祭りの時よりも少し肉が落ち、成熟に向かう
男の風貌を備えつつあった。
 そんな彼の変化と自分の胸の疼きは決して無関係ではない。ソシエにもその自覚はあった。ただ
ほんの少し前まで自分の隣に立ち、自分の挙動に気を揉んでいた少年が気づけばずっと先を
歩いているという実感が少女の自尊心を傷つけ、どうにもその感情を素直に認める気にはなれないのも
また事実だった。
 面白くない。ソシエはちらっと不機嫌な顔を作り、少しだけ伸びた栗色の髪を指で乱暴に梳いた。
待ち人はいまだ来ず、木陰にいてもうだるような暑さはソシエの思考を徐々に蝕んだ。
「……?」
 最初は気のせいかと思った。だからまた視線を屋敷に戻したのだが、やはり気になって林の奥に
再び目を向けた。そこはハイム家の土地であるからサムやジェシカが林の中で雑事をこなしていても
不思議はない。林の奥で多少何かが蠢く音がしたとしても気にするほどのことはないだろう。
 しかし、ソシエは元来好奇心の強い性質である。大人しく少年を待っているよりは目の前に現れた
ほんの少しの刺激に捕らわれたい欲求の方が勝っていた。気がつけば、彼女の小奇麗な革靴は草々を
踏みしめていた。
 少し樹々の隙間へ立ち入ると、急に空気が冷たく感じられた。鳥肌立つほどのものではなかったが
ソシエの意識は鮮明になり、やがて薄暗い木々の景色にも目が慣れる。少女は鳶色の瞳をせわしなく
動かして辺りに視線を配ったが、さっき感じた気配の主はどこにも見えなかった。
 仮に。自分が今感じた人の気配に似た何かが目の前に現れたとして、果たしてそんなに面白いもの
だろうか。サムやジェシカに出会っても胸がときめくわけではないし、万が一狼藉者だった場合愉快だと
感じている場合ではない。剥き出しの白い二の腕に差し込む冷気は彼女を急激に現実へと引き戻した。
 そして、多少は気配との遭遇に期待していた自分を思い出し、ソシエは肩をすくめて溜め息をついた。
「まぁ、そんなもんよね。我ながら馬鹿やっちゃったわ」
 ソシエは小さく鼻を鳴らして、もと来た道へ爪先を向けた。
「…………」
…………
「…………?」
…………!!
「!!」
 それは偶然以外の何物でもない。しかしソシエは空を映したような青い瞳と向き合ってしまった。
暫くは呼吸も忘れて目を見開いて佇んでいたが、少しずつ冷静さを取り戻した少女は何も見なかったと
言わんばかりに大袈裟に視線を逸らし、もと来た道をやや早足で進んだ。
 どれほど時間が経ったかは分からないが、不意に視界が開け、ソシエはまた夏の日差しの中に戻ってきた。
気づかぬうちに呼吸は乱れ、額に冷たい汗が流れる。荒い吐息を抑えつつ、彼女は今見たことを
理解するよう努めたが、どうにも巧く思い描くことができなくなっていた。たった今見た光景だと
いうのに。
「……夢、かな。そうだ、きっと。うん……」
「何がそうなんですか?」
 穏やかな、どことなく間の抜けた少年の声が背後から届いた。思考を乱されたソシエは一瞬
のけぞったが、いつものロランの佇まいを見るとじわじわと怒りが沸いて、一陣の風に合わせて
ソシエの左踵はロランの右足を力強く踏みつけていた。


「ご馳走様。また料理の腕を上げたのではありませんか? ロラン」
「いやですよ、キエルお嬢様。僕は別に」
 そう言いながらも、少年の頬はやや上気し、大皿をかたす足取りも浮ついている。その夜の
ハイム家はディアナ・ソレルという突然の来客を迎えて特別にロランが晩餐のために腕を揮った。
 ギンガナムの反乱による各地の傷跡はいまだ癒えず、月の女王はその対応に追われて大変な
筈なのに、とソシエは不思議に思う。しかし折角の夕食会には無粋な話題であるように思えて
ソシエは横目でちらちらとディアナの淡雪のように白い頬を盗み見るぐらいのことしか
出来なかった。ディアナはソシエの心持ちを知ってか知らずか、優雅な仕草で食後の紅茶に
悠々と口をつける。
 当然ソシエは面白くない。が、その苛立ちは相好を崩して台所から現れた少年に注がれることになる。
「何にやけてるのよ、気持ち悪い、ばっかみたい」
「にやけてませんよ」
「口元が垂れてたじゃない」
「光の加減ですよ、きっと」
 不毛な口争いを二人の金髪の女性が微笑ましげに見守る視線に気づき、ソシエは自分から口を収めた。
今は少年に費やす労力が惜しい。気持ちを切り替えた少女はすっくと立ち上がり、紅茶のお代わりを
注いでまわろうとしたロランの眼前に仁王立ちした。
「今日も一日ご苦労様、ロラン。後は私がやるからもう休んじゃっていいわよ」
「え? 何でですか?」
「何でも何もないでしょ! 私が休めって言ったら有難く休みなさい!!」
「はぁ……まぁ……でも……」
 ロランは詰め寄る少女から視線を逸らし、ディアナとキエルに無言の助けを求めた。二人は同時に
唇を柔らかく開く。
「わたくし達はもう少しここでお話をいたしますわ。お休みなさい、ロラン」
「はぁ……分かりました」
 ロランは中断した作業を済ませた後で、それでも最低限の仕事はこなした。そもそも普段からあまり
家事に関わらないソシエに任せれば明日の朝の仕事が増えるだけである。
「姉様達の言うことなら聞くのよね」
「違いますよ」
 食堂を立ち去ろうとするロランに、ソシエは鼻に皺を寄せて呟いた。いつものこととは言え、流石に
手を焼いたロランは一言だけ弁解して、廊下の闇に消える。少年がいなくなり、部屋には三人の女性が
残された。そのまま何ということもなくたわいもない世間話が続き、それなりに時間が過ぎた。
「さて、夜も更けて来ましたし、わたくし達も休みましょうか」
「あっ、待って……もう少しだけ、私にお付き合いくださいません? お姉様方」
「ソシエさん? はい、何でしょう?」
 カップを静かに皿に置き、ディアナは小首を傾げて答えた。月の女王に相応しくない無防備で素直な
表情に、ソシエは少し躊躇った。今から彼女が話すことはその綺麗な薄青の瞳を曇らせることになる
かも知れなかったから。
 ソシエは突然カップを満たす、少し温くなった紅茶を一気に喉元へ流し込んだ。ディアナとキエルの目には
妹のいつもの突拍子もない行動に映ったが、ソシエにとっては自らの逡巡を吹っ切るためのものだった。
 白いカップの中身を飲み干し、充分に湿ったソシエの唇が躊躇いがちに動く。
「今日のお昼の話なんだけど……私、外にいたんだ」
「あら、そうだったの。丁度私達も出かけていた頃ね」
 歯切れの悪い切り出しに、キエルが素っ気ない合いの手を入れた。その普段と余り変わらない姉の
反応に、焦れたソシエは少し勢いつけて言った。
「私、その時見ちゃったんだ。うちの林の中で……ディアナ様と、お姉様、その……」
「あぁ……やっぱり、ソシエさんでしたか。目が合いましたよね、わたくし達」
 ディアナの優雅な物腰と笑顔が、ソシエの心臓を鷲掴みにした。そう。あの時二人の視線は確実に
お互いを認め合った。豊かな金髪を震わせながら二人の女性が樹のたもとで絡み合っていた、その時に。
出来れば「何かの間違いでしょう」と否定して欲しかっただけに、ソシエの衝撃は大きかった。
「お気遣い有難うございました。やはり人に見られている、というのは気がそぞろになってしまいますので」
「そう、じゃないでしょう!? ディアナ様、お姉様!! おかしいでしょう、そういうの!!」
 ソシエが語気を荒げても、ディアナはあくまで冷静に、幼児を諭すように語りかけた。

「ソシエさん。あなたには今、想いを寄せている方はいらっしゃいますか?」
 予想外のディアナの言葉に、ソシエの腰が引けた。
「!! か、関係ないじゃないですか、今は!!」
「そう撥ね付けられては、お話が続きません」
「ソシエ。ディアナ様にお答えして」
 キエルの口調にソシエの瞳が揺れる。何故自分が問いかけられる立場になっているのか不思議がったが
ともかくソシエは頬を膨らまして無言で頷いた。その瑞々しい頬にわずかに熱がこもる。
「そうですか。それは良いことです。ならば、その方にお気持ちを伝えたことは?」
「ありません!! だから何で……」
「同じ事だと思いませんか?」
 その言葉をソシエは咀嚼し、冷静さをほとんど失った頭脳で必死に理解しようと努めた。人の会話が
途切れると、妙に大きく響く時計の秒針の音を聞きながらソシエは考え抜き、何度か理性で否定した
結論をつっかえながらも口にした。
「……ディアナ、様。間違っていたらご免なさい。それは、つまり……ディアナ様とお姉様は……」
 搾り出すように言葉をつなぐソシエに、ディアナはやはり微笑みで返す。だが、その頬は先程とは
違い、桜色に染まっていた。二人が見詰め合ったまま動かなくなり、見かねてキエルがソシエに
声をかける。
「ソシエ。これ以上話しても時間が勿体ないわ。だってあなたには分かりっこないもの」
「!! 何よ、それ。失礼ね!! 私だって子供じゃないわ!!」
 意識の矛先が外されて、途端にソシエの気勢が上がった。実の姉の方が反発し易かったという
こともあるが、彼女のつれない物言いが助け舟だったことにも気づかず妹は姉に食ってかかった。
 キエルは瞳を細めて幼さの抜けきらない彼女を優しく見つめる。
「キエルさん。少し言い過ぎではありませんか」
 今度はディアナがゆっくりとキエルをたしなめた。またもソシエの意識はディアナにふられ、
ソシエは若干の慌しさを感じていた。
「そうでしょうか」
「そうですとも。たった二人の姉妹ではありませんか」
 その一言で、場が静まり返った。何となく言葉をつぐきっかけを失っていたソシエは二人の女性の
顔を交互に見比べた。気のせいか、二人の表情は同じように沈んで見える。
ややあって、キエルはその唇を開いた。
「ソシエ。私に二つだけ約束なさい。それが守れるなら、お話の続きをしましょう」
「? い、いいわよ。何、急に改まって」
「一つは、これから起こることは何があっても口外しないこと。そしてもう一つは私達が
いい、というまでこの場を立ち去らないこと」
 キエルは二本の指を立てた右手をソシエの前に突き出し、有無を言わさぬ口調で言い放った。
姉の剣幕に、ソシエは思わず二回頷く。キエルは妹のその姿を一瞥し、おもむろに純白のブラウスの
ボタンに指をかけ、しゅっと衣擦れの音を立てて乳白色の胸元を肌蹴た。
「…………!?」
 絶句するソシエの目の前で、キエルは流れるように自らの衣服を剥ぎ取っていった。その堂々と
した姿にソシエは威圧され、しばし硬直していたが自分の背後でも同じような衣擦れの音を聞き、
恐る恐る振り返る。
 果たして、そこには自らの裸の乳房を抱えながら顔を背けて立っているディアナの姿があった。
 柔らかな頬は羞恥の朱に染まり、長い睫毛は伏せられたまま小刻みに震えている。程よく肉のついた
裸体は成熟した女性としての妖香を漂わせ、この不自然な状況に当惑したソシエの意識を完全に
奪っていた。それからほんの少し時計の秒針が揺れ、ショーツ一枚を身につけたキエルは首だけ
振り返った窮屈な姿勢のまま金縛りになったソシエの傍を悠々と通り過ぎて、ディアナの前に立ち、
その細く白い指に自らの指を絡めた。
「さぁ……ディアナ様」
「キエル……さん……でも……」
「誰にも憚ることはないでしょう? たった今妹の許しも得たことですし」
 言いながらキエルは自らの左手をディアナの右腹に添え、そのまま乳房を根元からこそぎ取るように
ゆっくりと左手を持ち上げた。月の女神の豊満な乳房は掌を受けて歪み、その肢体を一度大きく震わせた。
「あ……キエルさ……んむっ……」
 ディアナが何か言いかけた時、キエルは言葉を遮ってディアナの薄青の口紅を自らの唇で湿らせた。
やがて静まり返った部屋に小さな水音が響き、ソシエの瞳は二人の女性の間で糸を引きながら絡み合う
薄赤の舌の動きから離れなくなっていた。
「んんっ!!」
 熱心に互いの唇を貪り合う間もキエルの左手は静かに蠢き、急にディアナの赤味を増した乳首を
指で押し潰した。ディアナが苦痛とも歓喜ともとれる呻き声を上げたのを確認し、キエルは更に
親指と人差し指で、より熱を込めて捏ね回す。キエルの指が動くたび、ディアナの白いふくよかな尻が
痙攣した。
 豊かな金色の髪がさざ波のごとく揺れるのを見つめながら、ソシエは呼吸すら忘れて二人の行為に
魅入られていた。少女の喉はからからに渇き、はしたないと思いつつ何度も大きく唾を飲んだ。
瞳の奥が熱い。まばたきも止めたソシエの眼は潤いを求めていたが、それでも彼女は眼前の光景を
微動だにせず見守っていた。
 やがて、熱い吐息とともにディアナとキエルは互いの唇を解放した。細い糸になった唾液がキエルの
乳房に零れ、肌に浮かんだ汗と混じった。熱に浮かされた瞳で虚ろにキエルを見つめていたディアナは、
解放された途端足元がふらつき、キエルにその身体を預けた。
「まぁ……ディアナ様……」
 キエルはその口元に、ソシエに見せたこともないような妖艶な笑みを浮かべる。少女は姉の表情を見て
彼女に恐怖を抱いた。
「キエル……さん……」
 ディアナの開いたままの唇から声とともに透明な液体が溢れた。その表情はやはり、昼間の凛とした
女王のそれとは全く違ったひどくだらしない姿に見える。
「ディアナ様、私のことも弄んで下さいまし」
 キエルは垂れ下がったディアナの右手を取り、自らの乳房に押し当てさせる。ディアナの指は二、三度
震えた後、無造作にキエルの乳房を握り締めた。
「!! ……」
 キエルは声を殺して絶叫した。その瞬間キエルの膝から力が抜け、危うく二人して床の上に倒れ込み
そうになった。キエルは何とか脚に力を入れ、二人分の身体を支える。
 キエルは安堵の溜め息をついて、ディアナの頭を胸に抱き、長い髪を指で梳いた。
「ディアナ様……そろそろ、寝室にご案内致しましょうか……」
 ディアナは喋らない。その代わり、キエルの胸の上で自らの頭を揺らした。キエルはそっと微笑み、
急にソシエを振り返った。

「ソシエ。ディアナ様を寝室にお連れします」
 高揚した、どこか浮ついた響きがあったがそれでも普段のキエルの口調を保っており、ソシエはその声に
何故だか背筋が伸びた。キエルはソシエの姿を見届けた後、ディアナを支えるようにしてゆっくりと
ドアを目指して歩き出した。
 キエルがソシエの傍を通り抜けようとした時、キエルは突然視線をソシエに向けた。
「ソシエ、お願いがあります。私の寝室までお水を届けて頂戴」
 それだけ言い残して、二人はドアの向こうに消えた。

 多分、これはキエルの提案だ。ソシエは水差しを持ったまま、逃げるなら今だと考えていた。そして
姉は今なら引き返し、全てなかったことにしてもいいと言っているのだろう。
 だが。ソシエは先程のディアナとキエルの嬌態を思い返していた。獣のような接吻を、汗ばんで部屋の
灯りを照り返す白い裸体を、すれ違いざま確かに見た二人の内股を伝う粘液を。
 ソシエの足取りは重く、しかし確実にキエルの寝室へと近づいていた。
 引き返せる、まだ、自分の部屋に戻れる。何度も何度も心の中で自分自身に言い聞かせたが、いつの間にか
ソシエはキエルの部屋の前に立っていた。
「どうし、よう……」
 日頃の気勢は影を潜め、ソシエは悪戯のばれた幼児のように途方に暮れた。入るべきか戻るべきか。
逡巡を繰り返すソシエの耳に、不意に扉の向こうから声が聞こえた。その声は何かの意味を持ったものでは
なく、呻き声に似ており、ソシエの心は、声に鞭打たれたように硬直した。
――あぁ……
 もう、抗えない。少女の本能は自身に宣告した。動揺する手元を抑え、水差しを乗せた盆をしっかりと
支えてから右手を扉に差し出してノックした。
「…………」
 扉に鍵はかかっていなかった。最初のノックで呆気なく開いたドアを更に身体で押し開き、ソシエは
薄暗い姉の部屋に歩み入った。 

部屋は灯りもなくソシエの眼が慣れるまでに時間がかかった。しかし、人の気配。闇の中に感じる
切迫した空気は視覚より先にソシエに二人の存在を知らせる。ソシエは胸を昂ぶらせながら、気配のする
方へと眼を向ける。すると、二人の気配は急に整い、同じように四つの瞳がベッドの上から見返した。
 暗闇の中でわずかな月光を吸い込んで鈍く光る瞳は、何故だか笑っているように見えた。
「ソシエ」
 姉の声色が、夜気を震わせて妙に優しく響く。ソシエの心は戸惑いを残しながらも足はゆっくりと
引き寄せられる。その道程、右手に見えた小さなテーブルに水差しを置き、半分閉じた視界の中でも
キエルを選び、その胸に飛び込んだ。
 姉の裸の胸はじっとりと汗ばみ、ソシエの頬は湿気を帯びてぴたりとキエルの肌に吸い付いたが
不快感はなかった。むしろ、懐かしさを感じる姉の体臭を、心ゆくまで味わいたいと思った。
「しょうのない子ね」
 少し、呆れたような口調だったがキエルはソシエを突き放そうとはせず、彼女の栗色の髪を優しく
撫でさすった。
「ソシエ。さっきは少し口が過ぎたわね。でも、私はあなたの姉だから。色々と考えてしまう
ものなのよ。何を、どう教えればいいのか。今教えていいのか。フフフ、大きなお世話でしょうね、
あなたにとっては」
 言いつつ、キエルはソシエの両頬に掌を添えて、自分に向き直らせた。
「でも、これが最後の教えになるかも知れないから、私もきちんとしないとね」
「……お姉様?」
 キエルの、ややかしこまった口調にソシエは怪訝な眼差しを送ったが、キエルは彼女の視線を
交わし、妹の臍の辺りに自らの掌をそっと押し当てた。
「ひゃっ」
 しゃっくりに似たおかしな叫びを上げて、ソシエは背筋を震わせる。大袈裟な彼女の反応に、
キエルはより相好を崩した。
「いいこと? ソシエ。自らの想いを告げるには、言葉。そして、身体。どちらが欠けても
味気ないものよ。特に、あなたと同じ年頃の男性はね。こうやって少し触らせてあげるだけでも
それはそれは、天にも昇る気持ちになるんですって」
「そ……そんなこと……言われても……」
 言いつつも、ソシエはキエルの右手が押し当てられた腹部が、じんわりと内側から微熱を発し
始めているのを感じた。
「あなたは……そうね。まずは彼の手を優しく握っておあげなさい。いつも有難う、と」
「な、何で私が……あひゃあっ!」
「わたくしからもお願い致します、ソシエさん」
 静かに背後から忍び寄っていたディアナはソシエを背中から抱き締め、そのままソシエの
右耳朶に唇を近づけ、濡れた声で囁く。意識の外から与えられた刺激は少しずつ目覚め始めていた
ソシエの官能を叩き起こした。
「その後は……後は二人に任せるけど、さわりだけでも教えておくわね」
 間髪入れず、キエルはソシエに膝ですり寄り、彼女のブラウスのボタンを緩慢に外していった。
「あ……あ……」
 訳も分からず涙ぐむソシエの瞳には、彼女の衣服に手をかけるキエルの姿がはっきりと
映っていたが抗うことは出来なかった。ディアナがそれなりに力を篭めてソシエの両腕を
捕らえていたこともあるが、何故突っぱねられないのか、真実のところは誰にも分からない。
 ただ、いつの間にかソシエのブラウスは完全に剥ぎ取られ、育ち切る前の控え目な
乳房がキエルの視線に晒されていた。
「まぁ、可愛い」
 キエルは無邪気に声を張り上げた。灯りがないのだからそんなにはっきり見えるわけは
ないと思いつつ、ソシエは窓から零れる月の薄明かりすら今すぐ雲に隠れて欲しいと願った。
「あら、そうなのですか」
 ディアナもまた、興味深げにソシエの肩口から覗き込んだ。二人の女性に前後から挟まれ、
身動きの取れなくなったソシエはそれでも抗議をするかのように身体を捩った。
「ソシエさん、触っても?」
 ディアナが囁く。その彼女の声があまりに楽しげだったもので、ソシエはつい頷いていた。
それを合図に、ディアナのしっとりと濡れた掌がソシエの乳首の上から乳房ごと押し潰した。
「あっ、やぁ……そん、な……つよ……」
「ロランが起きるでしょ? お行儀の悪い……」
「んむっ…………」
 キエルは空気を求める魚のように喘ぐソシエの唇を強引に二本の指で塞いだ。突然挿入
された異物感にソシエは軽く反感を覚えたが、姉の指を咥えた唇を力篭めて閉じるわけにも
行かず、キエルの為すがままになる。半端に開いた口元から、涎が一筋零れた。
 加えて、女王の白魚の指が執拗にソシエの薄桃色の乳首を求め、そこから産まれる今まで
感じたこともない情欲のうねりが彼女の思考回路を麻痺させていた。
「そろそろ……ディアナ様、お願いします」
 キエルの言葉を受け、ディアナはソシエの乳房を解放した。少し朱に染まり、ひりつく
余韻を味わいながらソシエは心の中で吐息をついた。が、ディアナがソシエの下着に
手をかけ、ずり降ろそうとするのを感じて驚愕のあまりキエルに倒れ込む。キエルは
ソシエの口から指を引き抜き、ディアナが下着を剥ぎ取りやすいようにソシエを抱いたまま
ベッドに寝転んだ。
 程なくしてソシエは一糸纏わぬ裸体を二人の前に晒した。
「……大丈夫? 息が荒いわね」
 キエルに指摘されて、初めてソシエは自分の呼吸が乱れていることを知った。
「少し休みますか?」
 ディアナに勧められて、ソシエは身体を捻って仰向けに寝転んだ。そのまま瞳を閉じ、
呼吸を整えていると、また二人の蠢く気配がする。やがて、二人の夜を憚らない嬌声と
互いを呼び合う言葉が聞こえてきた。
――休ませてくれるんじゃなかったの?
 心の中で悪態をつきながら首を傾け、重い瞼を持ち上げるとそこには仰向けのキエルの横顔と
その上に鎮座する生白い球体があった。勿論一見ではソシエにはまるで理解できない。
しかし、ほんの少し視野を広げるとキエルが夢中でむしゃぶりついているように見えるのは
どうやら人間の下半身で、キエルが顔を持ち上げるたびにわななく白い球体はディアナの
臀部らしかった。
 二人とも、自分が眼を開けたことには気づいていない。気づくだけの余裕がないのかも知れない。
ソシエの視点からは、キエルがディアナに何をしているのか、ディアナの右脚が目隠しになって
はっきりとは分からなかった。ただ、時折顔をディアナから外すキエルの口元や鼻先が何か
粘り気を持った液体で濡れていて、それが月明かりを少し帯びて白く輝くのを、ソシエは胸を
高鳴らせながら見つめていた。
「あ……ディアナ……さま……すてき……」
「キエル……どうか……ディアナと呼んで……くださいまし……」
「あぁ……ディアナ、ディアナ…………」
 うわ言のように女王の名前を繰り返しながら、キエルは右手をディアナに差し出した。そして
次の瞬間人差し指を、ソシエから見て足のつけ根に少しずつ突き入れた。指の第一関節あたりまで
影に埋もれた時女王の全身が細い叫び声とともに激しく震えた。それを見届けつつも、キエルは
そのまま人差し指を差し込み、くるっと掌を捻ってみせたり前後に揺すったりした。
「あ、あぅっ……」
 今度はキエルが呻いた。瞼を硬く閉じて、ディアナに組み敷かれた格好の肢体を精一杯
突っ張りながら、金色の海の中でキエルは悦楽に溺れていた。
 ソシエに今の状況全てが理解できているわけではない。ただ、言葉をさしはさむことも憚られるほどの
緊張感に、黙って姉の横顔を見つめることしか出来なかった。
「…………」
「…………あ」
 それもまた偶然だった。キエルが切なげに首を振った時、ソシエと視線が絡みついた。海を映したような
青い瞳は真っ直ぐに鳶色の瞳を見つめ、やがて笑いかけた。
「……いらっしゃい?」
 キエルの艶めく声に、ソシエは無言で頷く。ソシエは華奢な身体をくゆらせながら、姉の下へすり寄った。
その気配を察し、ディアナが自らの身体をキエルの足元へずらすと、キエルはソシエに自分の上に乗るよう指図した。
 ソシエは先程のディアナの姿を思い出し、知らず頬を染めながらも姉に従い、キエルの身体の傍に
両手と両膝をついて四つん這いになった。
「あら。まだ生え揃ってないのね。大丈夫よ、こういうのは人それぞれだもの」
 キエルの口調はどこか楽しげで、別段ソシエの気に障るものではなかった。それよりも、姉とは言え
自らの陰部を人目に晒している、と言う状況がソシエの心をかき乱し、いつの間にか耳の奥で高く大きく
鳴っていた鼓動に息苦しさを感じた。
「ん……ふっ……」
「あ……ふぅ……」
 不意に下腹部に押し当てられた生温かく、柔らかい感触にソシエは過敏に反応し、背筋を反らして
顔を上げた。
「……? あぁっ!!」
「ソシエさん……温かい……」
 ディアナの唇がソシエの赤味を増した乳首を咥え込み、少女の身体はまたも大きく揺れる。
「いやだぁ……こんなの……もう……」
 ソシエは涙声になっていたが、決して本気で逃げたがっているわけではないことは、刺激に応えて
精一杯張った乳首と少し開き始めた下腹部の花弁から徐々に漏れ出した粘液が物語っていた。
「むっ……う……」
「はふっ……ふっ……」
 ソシエはほとんどキエルの顔に馬乗りになり、ディアナに上体を預けながら彼女の豊満な乳房を
両手で揉みしだいていた。ディアナは器用にソシエの耳朶に舌を絡ませつつもキエルのしとどに濡れた
陰核を左手で触り、キエルは他人の愛撫を許したことのないソシエの秘所を壊れ物を扱うように愛でる。
 三人が三人とも互いを求め合い、その行為に気を遣るあまり声が扉の向こう側まで届くほどに
大きくなっていることに誰も気づいていなかった。
「だめ……わたし……は……ぅ……ッ!!」
 最初に達したのはソシエだった。白い喉を極限まで反らし、赤い舌を天井に突き出して栗色の髪を
小刻みに震わせた。やがて痙攣がおさまり、深い息をつきながらソシエは自分が大粒の涙を流していた
ことに気づいた。
「ソシエさん……平気ですか?」
 ソシエは頷く。虚勢であることは分かっていたが、ディアナは優しく微笑んで、頬を薄桃色に
染めながら呟いた。
「わたくしも……お願いして宜しいかしら?」
 ソシエは何も言わず、ディアナに身体を預ける。妹の重みを外されたキエルもまた、身体を起こし、
女王の傍らに寄り添って彼女の唇を吸った。
 それからまた、三人の女性達の艶やかな声が夜の帳に溶けていった。


「あふ…………」
「寝不足ですか? お嬢さん」
「うん、まぁね……ちょっと……」
 翌日の朝食は、ロランとソシエの二人きりだった。ロランも気を遣って何度かキエルの寝室の扉をノックしたが、
一向にディアナもキエルも起きてくる気配がなかった。
――全く、失礼なお姉様達だわ。私だって眠たいけどちゃんと起きて来たのに
 そう思った瞬間、ソシエの脳裏に昨夜の記憶が蘇った。互いに何度も果てつつも、朝まで求め合った
記憶はそれは甘美なものだったが、その後があまり宜しくない。全身に染み込んだ愛液が乾燥した匂いが
思いのほか強く、たった一人目覚めた彼女はこっそりとシャワーで痕跡を洗い流していた。
「まさか、残ってないよね」
「はい?」
 ソシエは指先を鼻を鳴らして嗅いだ。ロランはまた何か気に入らないことがあったのだろうかと視線を
寄越したが、機嫌が悪くなったらその時のことと思い直し、自分の仕事に戻った。
「……私も、誰かとああいうことするのかな」
 テーブルに独り残されたソシエは昨夜の記憶、何度目かの絶頂を迎え、腰に力が入らなくなって
だらしなく寝転がっている時にキエルに耳打ちされた言葉を思い出していた。
――殿方とする時は、冷静にその人のことを本気で好きか、自分を心底愛してくれるか考えてからになさい。
  その方が後悔は少ないわ
 教師のような口調が鼻についたが、何故か印象に残った言葉だった。
「あ……でも、当分いいわ。ああいうの。まだ何かヒリヒリしてる」
「虫にでも刺されたんですか?」
「!! な、何よ、びっくりさせないでよ!!」
「あぁ……すいません。でも、いけませんよ、夜更かしは」
 ソシエは自分の心臓が止まったと錯覚した。頭に急激に血液が昇り、唇がわなわなと震えて何も言えないで
いると、ロランがいつもの屈託ない口調で続けた。
「昨夜、眠れなくなって水を飲みに降りて来たんですけどその時にキエルお嬢様の寝室から皆さんの声が
聞こえて。積もる話があるのも分かりますけどね」
「…………それ、だけ?」
「? 他に何かあったんですか?」
「!! な、ないない!! 女同士の話があっただけ!! 余計な詮索はしないでよ!!」
「……してないじゃないですか。まぁいいですよ。もう一度ディアナ様とキエルお嬢様を起こして来ますね」
 そう言ってロランはドアを開けて出て行った。彼の足音が微かになるまで待って、ソシエは大きく
深い溜め息をテーブルクロスに落とした。


「ディアナ様、キエルお嬢様。朝食は召し上がらないんですか? ディアナ様」
 ロランの控えめなノックを聞きながら、二人は既に目覚めていた。昨夜の名残を残した、生まれたままの姿で。
「ディアナ様。ロランが呼んでいますよ?」
 髪をかき上げて、キエルが言った。
「そうですね。でも、もう少しこのままで」
 枕に頬を寄せたまま、ディアナが答えた。それから何度か少年はノックを繰り返したが、やがてまた
立ち去ってしまった。足音が聞こえなくなるまで待って、二人は悪戯っぽい微笑を見合わせる。
そのまま、二人は小鳥のように軽い接吻を交わした。まるで鏡にキスするみたい。キエルもディアナも、
寝不足の頭で同じようなことを考えた。
 陽の光は徐々に強く、ベッドの上の二人を黄金に照らし始めていた。

 


妖しくて官能的のディアナとキエルがもう最高でした。二人の関係はセリフと文の中での説明ではなく、
二人の動きとお互いへのリアクションなどで伝わったので感動しました。そのナチュラルさがやばいほどエロかったです。(笑
エロもなんというか、指の動き、体の絡まった感触が伝わってきて凄いです!

ソシエと共にキエルとディアナのエニグマ的の雰囲気を味わえて、物凄く楽しめました。本当にありがとうございました! やっふーい!