イザークとフレイの一期一会
数奇な運命の果てに、すれ違った少年と少女。
戦争に自分の命を賭けた17歳のコーディネー
ターと、コーディネーターに復讐を誓った15歳
のナチュラル。
常に進む道の選択を求められる戦場で

二人は出会い、そして別れた




 これを着ろ!とイザークはフレイの前に緑色の軍服を放り投げた。
 なんで、ナチュラルにザフトの制服なんて与えなきゃならないんだ。
 捕虜の服で充分だ!
 フレイは今までベッドで寝ていたので連合の制服のミニスカートに、上はタンクトップ一枚だった。
 暗い部屋に浮かぶフレイの白い肩と、けっこう大きな胸に、イザークは目線を斜めにそらした。

「コ、コーディネーターなんて皆死んじゃえばいいんだわ・・・!」

 制服を拾わず、暗くどす暗い声でフレイは吐き出した。
「なんだと貴様っ」
 ただでさえ緊張した雰囲気の中でフレイのこぼした言葉はイザークを怒らせるのに充分だった。
「なんどだって言ってやるわ。みんな死ねばいい。コーディネーターなんて病気でもないのに遺伝子いじってる。気持ちが悪い!」
 ぎりっとフレイはイザークを睨みつけた。
 憎しみを込めた視線はイザークには不快そのものだった。
「貴様・・・。自分がどんな立場かわかっているのか?」
 イザークはコーディネーターの中でもエリート階級で、差別をうけたことがなかった。差別する側に常にいたのだ。
 それなのに、たかが下っ端の連合の、それもただのナチュラルの頭の悪そうな女にコケにされるとは!
 すぐにも怒り心頭だった。
 殴ってやりたい。こんな女、殴り飛ばして泣かしてやりたい。
 イザークは拳を握り締めた。
「・・・・・・」
 しかし腐ってもこいつは女。
 か弱い女を守ってこそ男。階級社会での教育は女性を大切に。
 目の前の赤毛女はイザークにとって、エザリアやラクスみたいに大事にしたり、敬うべき相手ではなかったが、相手は捕虜であり、自分が優位な立場にあるということで、イザークはまだ理性的でいられた。
 ふっと息を抜く。
 しかし、言われっぱなしもきにくわない。
「下等なナチュラルが!」
 吐き捨てるようにイザークは言ってやった。
 少し顎をあげお得意の見下すポーズで、言ってやったのだ。
 フレイは、大きな瞳をさらに見開いてイザークを見た。

「この、人殺し」
 フレイはぶるぶると震えた声でいった。
 瞳は涙でうるみ、頬が赤く染まる。
「な、に?」
 イザークは確かに人を殺している。
 当然のことだ。ガンダムのパイロットなのだから。
 しかし、そのことで、敵MSから攻撃を受けることはあっても、生身の人間から批難されることはなかった。
 かすかにイザークは動揺した。
「あんたたちは、パパを殺したのよっそしてキラも!」
「へ?」
 フレイが瞬きするたびに涙がぼろぼろ零れ落ちた。
 なんだコイツ。
 イザークはすぐにも立ち去りたいような気分になったが、それは逃げるようで嫌だった。
「なにをわけわからないことを。戦争しているんだぞ!」
「だからなに!?」
 ヒステリックな声が間をおかず返ってきた。
「私はヘリオポスにいたの! 平和だったの! 戦争なんて関係なかった! なのに、ザフトがコロニーを攻撃してきて! なにもかもめちゃちゃにして」
「ヘリオポス!?」
 忘れもしない名前。
 イザークたちがガンダムを奪取したコロニー。
 あれが初陣みたいなものだった。
 こいつはそこに居たのか?
 ああ、そうか、そうだったのか、とイザークは内心呟いた。まるで冷たい水を頭からかけられたみたいに感じた。
「あんたたちなんか作られなければよかったんだわ! そうしたら、戦争もおきなかったし、ずっと平和だったのよ。全部あんた達のせいよ!人殺し、人殺しぃ、ヒトゴロシーっ」
 高音の女の声がイザークの鼓膜を攻撃する。

 最後の「人殺し」をフレイが言い終わったとき、冷えたイザークの心に、かっと火がともった。
バシーン、と頬を張る音が部屋に響いた。
イザークはかなり強い力でフレイの頬を張った。
フレイは声も出せずにベッドのに沈んだ。
豊満な胸がスプリングと一緒にはねる。
しかし、イザークはもうフレイから目を逸らさなかった。
ギシリとベッドにあがり、倒れて、放心状態のフレイの上に圧し掛かる。

「あ、あ、あ、」
涙でべとべとになったフレイの頬は真っ赤になってはれていたし、口の端にはうっすら血がにじんでいる。
イザークがフレイの胸元のタンクトップをぐいっと掴み、フレイを引っ張りおこす。
「い、いやぁ」
フレイは恐怖の色を浮かべて、イザークを見上げた。
イザークは、フレイよりも深い青い瞳でフレイを睨む。
「いやいやいやいああああっ」
 また殴られると思ったフレイは首を振って暴れた。
「おい!」
 そんなフレイの体をガクンとゆすってイザークは言った。
 フレイは「ひっ」と息をのんだ。

「お前たちこそ、血のバレンタインを忘れるな!・・・・」

そう言い捨てるとイザークはフレイを再びベッドに放り落とした。
そして、隅へ逃げるフレイを一瞥すると、一気に部屋の戸まで歩く。
「それを着ていろ!いいな!俺はクルーゼ隊長より甘くはない!」
そういって、イザークはフレイの部屋を後にした。 

  暗い部屋の中、ベッドにうずくまりフレイは泣いていた。腫れ上がった頬に手を当てるとかなりの熱が感じられた。
「ひどい、ひどい。なんなの? 最低ぇっ」
涙が止まらない。
涙が頬に伝って、しみる。
「痛い、痛い」
ぶたれたのが痛い。
体も痛いが心も傷ついたとフレイは心の中で名前も知らない少年兵を恨んだ。
でもそれだけじゃない。
「・・・・・」
一方的な暴力を振るわれたのに、全身全霊で銀髪の彼を責められない。
自分は馬鹿だ。
そんな想いがフレイの中に出来た。
血のバレンタインという言葉。
自分には関係ない処にあった歴史に残る事実。

わ、私にはそんなの、関係ないないじゃない?

そう心の中で思い出す銀髪の少年の背中に言ってみたが、本心ではなかった。
キラの気遣うような笑顔も思いだした。
キラ、あんたって一体何考えてたのよ?
馬鹿みたいに優しくて、
私に利用されてた。


フレイの部屋から離れて、イザークはようやく落ち着いた。
結構な力ではたいてしまった。
小さな顔だったのに。
キャンキャンと毒を撒き散らす声を消したかった。
自分が弱かったのだろうか。
あんな弱そうな女がなぜ戦艦なんかに乗っているんだ。
ヘリオポスの復讐か。
肉親を失ったから。
大切な家族を失うのは悲劇だろう。
なにもあの女だけだの悲劇はない。
イザークはそう思ったが、すぐに思いなおした。
自分の母は絶対に死んで欲しくないと思う大切な存在だ。
大切な人間がいるプラントだからこそ守りたいという強い気持ちがもてる。
やられる前に敵を殲滅してやるという強い敵意も同時に持つ。
もし、自分の母が殺されたら。
血のバレンタインは大勢の同胞が失われた悲劇だ。
しかし、イザークの母は生きている。
アスランの母は死んだ。
あの女の父は死んだ。
自分は、コーディネーターとしてあの女を殴ることはできたかもしれない。
けど、ただ、それ抜きではあいつの不幸は・・・。
フレイの恐怖にひきつった泣き顔を思い出した。
イザークはしばし逡巡したが踵を返した。

ピコンと電子音がして、部屋が開いた。
ハッとしてフレイが起き上がると、そこにはまたあの少年が立っていた。
「な、なに?」
泣きはらした顔を見られたくなくて、フレイは顔を背けた。
片頬も腫れて、すいぶん不細工な顔をしていると思う。
男にはそんな自分は見られたくなかった。
「さっきは・・・・・・・・殴って悪かったな!」
「!」
かなりいいにくそうな間があったが、少年はフレイに謝罪した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人とも無言だった。
ドサっとなにかがフレイのベッドに投げ込まれる。
「なに?」
「それで冷やせ。骨は折れてないだろ?」
「あり・・・・・」
アイスノンを手にとって、思わずでかかった言葉をフレイは飲み込んだ。
礼を言っては、負けるみたいだ、と直感的に思った。 
「顔が変形したかもしれないわ」
顔を冷やしながら、心とは裏腹の言葉を言ってやった。
「な、にぃ」 
すでに去ろうとしていた少年はは立ち止まりゆっくりと振り返った。
フレイはソレを見て、しまったと思った。
早く出て行ってほしいのに、彼はまた戻ってきた。
「見せてみろよ」
案の定な言葉が返ってきて、フレイはばっと背中をむけた。
見られたくない。

「ほら、顔を見せろ!」
「いやだ! いやぁあん」
「顔がおかしかったら、医務室に連れてってやるってんだ! なぜ抵抗する!?」
「お、お、き、なお世話よ馬鹿!」
 イザークはフレイの肩を掴んでなんとか振り向かせようとするがフレイはかたくなにイザークに背をむけようとする。
「なんなんだ貴様は!」
「もうほっといてぇ!」
「だったら、変形したなんて何故言う?本当はどうなんだ!」
 イザークとしては、フレイにした暴力を悪かったと思っているから、なんとかできることをして償いたい気持ちがあった。
 嫌がるフレイの仕草が、敵から施しを受けたくないというただの意地なのではないかとさえ思われる。
 自分の顔の傷は、いつでも消せるし、男だからあっても自分は気にしない。
 でも女の顔に傷をつけたとなると罪悪感が大きい。
「おい!」
「もう、わかったわよ!見せればいいのね!見せれば!」
イキナリ、フレイが振り返った。
「あ・・・・」
その瞬間フレイの肩を滑ったイザークの手がフレイの掴みやすそうな乳房にぐいと押し付けられた。

「あんっ!」

「ち、違う!」
「・・・・・」
 少年はばっとフレイから、飛びのくとわなわなと肩を震わせながら後ずさる。
 フレイはポカンとそれを凝視した。
 フレイの今もっとも恐怖の対象が、自分の胸を鷲掴みした途端、顔を真っ赤にして引きつった顔をしている。
 それを見ていたらフレイも急に恥ずかしくなってきた。
「な、なによ、変態」
「な、な、なん」
「もう出てってよ!」
「く、貴様、」
「女の子の部屋にことわりもなく二度も入ってくるなんて、最低で、それで絡んできて変態って言われても仕方ないわよ!」
 少年があきらかに狼狽しているのでフレイにも少し余裕がでてきた。
「貴様、覚えてろ!」
 漫画みたいな捨て台詞で少年は去っていった。
 顔は真っ赤なままだった。
 私の胸触っただけで、あんなになるなんて・・・・。
「ふふ、」
 笑いかけて、フレイはまたキラの顔を思い出した。
「ふ、」
 フレイは両方の口の端をつり上げた。
「ふふ、あはは」
 微笑しながら、フレイは泣いた。


 イザークのくれたアイスノンは、キラが自分にかけてくれた寝れタオルを思い出させる。

 もうこの宇宙のどこにもいない、かわいそうなキラを想ってフレイは嗚咽をもらした。

「けっこうあったな」
あの女の胸。
廊下を歩きながら、フレイの柔らかな弾力を、イザークは思い出した。


「・・・ルの胸もあんなだったのかな」

もう少し、小さかったとは思うが。
一度も触ることができなかった。
ニコル。
イザークはもう触ることもできない小さな胸元の少女を思い出した。
触ったことはなく。あんなに触れたかったのに、今はもう永遠に触れることはできなくなった。
 イザークは唇をかみ締めた。
 もう宇宙のどこにもいない、あの笑顔の持ち主を想うことは今も苦しさを伴う。






この出会い後、いくらも言葉を交わすことはなく、フレイは連合に帰される。